自己形成のための東洋歴史書〜歴史定規の設定〜

 共通認識 分岐的人種観とは、人間が人種及び小人種及び民族及び部族を過去における生物的な分岐と認識する人種観である。各関係は人種⊃小人種⊃民族⊃部族⊃…⊃個族である。人種の分岐は数万年、小人種は約一万年、民族は数千年、部族は数百年の分岐によって生じる。

 君が歴史書を読む時、君はモンゴロイド人視点であるか、東洋人視点であるか、日本人視点であるかに注意する。日本人の学者は白人崇拝を好み、なぜか彼らは白人視点で東洋人の歴史を書く。その結果、モンゴロイド人種の虐殺や絶滅の結果である多様性が賛美される。

歴史とは単なる知識やその披露でなく社会性の産物である。歴史は領土や加害及び被害の関係を明らかにする。歴史は君の先祖史でもあり、君の自己認識を君に与える。

以下で、俺は東洋小人種として、または大和民族のとしての文化的かつ文明的かつ人工的な自己認識の形成のための歴史を提示する。歴史は単なる知識ではなく、自己の認識の形成の上で非常に重要である。歴史は俺らの顔を形成して、精神的な安定を俺らにもたらすだろう。

1:歴史書を読むときの注意点

 君が中国人と商業するとき、殷王朝や春秋戦国時代の話を知っておくべきである。繰り返すが、歴史とは人間の社会性の産物である。もし君が歴史を知らないならば、加害と被害の関係が入れ替わったり、領土を失ったり、洗脳されやすくなるだろう。世の中良い人ばかりでない

君が歴史書を読むとき、君はいくつかの注意点を思い出す。一番目には、君は君自身の視点と先祖を思い出す。二番目には、君は他人の歴史を図る歴史的定規を設定する。3番目には、君は歴史における「暗黙の前提」に注意する。

1:歴史とは社会的な先祖史でもある

 君が歴史を勉強するとき、君は君の先祖を思い出そう。君の父親はいつどこに存在したか、君の祖父や曽祖父やこう祖父やこう祖父の父は?君が歴史を現在から過去へと遡るようにして捉えるとき、君は歴史を現実のものとして把握できる。

日本人(大和民族)の先祖が殷王朝の時代、中国大陸で生活してきた。殷王朝の崩壊の後から周王朝、そして春秋戦国時代にかけて大陸から日本列島へと君の先祖はやってきただろう。君が先祖の存在を強く実感するとき、君はこの歴史を感覚的に現実のものとして把握できる。

また、東洋小人種は氷河期の時代にモンゴル平原あたりで分岐して生じただろう。氷河期の終わりの後、俺らの先祖は南下して中国大陸へと移動した。残った人間がモンゴル人の先祖になった。

2:歴史的定規の設定

 共通認識 歴史的定規とは、人間が他の文明の歴史を把握することができる視点(基準)、または測定器(情報)である。歴史起点とは、歴史的定規における0年である。

 君が歴史を学ぶとき、東洋史を歴史的定規に設定する。夏王朝は今から4000年前で紀元前2000年であった。中東文明の始まりはシュメル人を除くと、サルゴン王の時代で紀元前2300年であった夏王朝の始まりを0年と仮定すると、この時代をー300年と設定して、歴史的定規を作る。

中東の歴史や地中海の歴史や欧州の歴史やインドの歴史を東洋という歴史的定規で測定するとき、君は歴史への勉強の面白さを実感するだろう。その後、君は東洋の長い長い歴史とその連続性に感謝する。そして、君は東洋の歴史や文明こそが君が守るべきものであると審判する。

1:夏王朝を東洋文明における時間と歴史的設定しよう

 共通認識 東洋文明における歴史起点とは、夏王朝の誕生年である。俺らはその歴史起点を夏起点と呼ぶ。

 夏王朝の時代、大和民族の先祖は中国大陸で生活していた。上記の歴史起点は東洋小人種のための歴史起点である。俺ら東洋人はこの王朝を歴史起点として中東の歴史や地中海の歴史や欧州の歴史やインドの歴史を測定する。

ジョン・ローン
ジョン・ローン

 東洋文明における歴史起点の形成に役たちそうな書籍は以下である。

  1. 世界の歴史(3) 中国のあけぼの (河出文庫)
  2. 世界の歴史〈3〉中国のあけぼの【電子書籍】[ 貝塚茂樹 ]

3:大和民族及び日本国の歴史的定規と起点

 共通認識 大和民族の歴史的起点とは、殷王朝の崩壊、または春秋時代の終わりである。

 殷王朝の崩壊と春秋時代の終わりは約500年である。だから、この2種の東洋人は部族的な違いを持っていただろう。しかし、この二つの部族集団が呉越あたりから来たならば、関西人と関東人程度の違いであっただろう。

日本列島で、どちらの派閥が優勢になったかは現時点で不明である。第二派閥は第一派閥を飲み込んだのか、またはその逆であるか。

1:殷王朝から春秋戦国時代

 殷王朝の時代、大和民族の先祖は中国大陸の呉越あたりで生活していた。この時点で、大和民族は自己の民族的な歴史起点を持たない。大和民族はこの時代を思考する時、俺らは上記の夏起点を採用して、俺らの先祖の歴史を捉える。

つまり、殷王朝の時代、俺らの視点は中国大陸の呉越あたりに設定する。君が下記の書籍を読む時、君の視点は日本列島でなく中国大陸の呉越に設定せよ。

東洋美女
東洋美女

 大和民族の先祖は殷王朝の崩壊から春秋時代にかけてやってきた。だから、下記の時代には、俺らの先祖は中国大陸で生活していただろう。大和民族は呉越の子孫であり、長江文明の正当な後継者である。

  1. 殷ー中国史最古の王朝 (中公新書) [ 落合淳思 ]
  2. 殷 ー中国史最古の王朝【電子書籍】[ 落合淳思 ]
  3. 周 理想化された古代王朝 (中公新書) [ 佐藤信弥 ]
  4. 周ー理想化された古代王朝【電子書籍】[ 佐藤信弥 ]
  5. 中国文明の歴史(2) 春秋戦国 (中公文庫)

2:弥生時代から

 日本人の先祖は呉の滅亡の後には日本列島へと移動しただろう。だから、大和民族の定規は紀元前3・4世紀から始める。弥生時代から古墳時代が大和民族の先祖の歴史の始まりである。これが二番目の考えとしての歴史起点である。

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