大和民族のこと:民族はethinicでなくsubrace

大和民族について
俳優:岡田将生

日本語における民族とはsubraceに近い

 西洋では、民族はethinicと訳されてきた。しかし、日本語における民族はsubraceやsubsubraceに近い。つまり、日本語における民族は遺伝的なものである。それに対して、西洋では、民族は人工的であり、語族や宗教を含む。

1:民族や人種は生物学的現象とそれに対する認識の「組」である

 俺らが人種や民族について思い巡らす時、日本人の定義でなく、日本人に対する認識がより重要である。

 定義は機械に読み込ませるための文である。まず始めに、対象に対する認識が成立する。その後、その対象の定義が作成される。認識が先で定義は後である。

 実際、誰も数の定義を答えることができないが、人々は数を認識している。もし俺がおつりをごまかすとき、君はそれに対して起こる。この行為は君が数を認識していることを暗示する。

 朝鮮人や中間種は日本人の定義は何かと質問して、日本人を黙らせようとする、または彼ら自身を日本人に受け入れさせようとする。しかし、彼らは日本人ばかりを批判するので、日本人は彼らはおつりの話と同様に誰が日本人か認識していると審判する。

2:日本語における民族は過去の分岐である。

  日本語における民族とは単なる分岐であり、生物学的な現象である。首刈り効果も民族の形成に重要な役割を演じてきた。

 部族的な違いは早くて数百年、民族的な違いは数千年、人種的な違いは数万年、生物種的な違いは数万年で生じただろう。

 つまり、過去における分岐または発生点の違いがこれらを形成したかもしれない。

 一方、英語におけるエスニックethincは人工的な何かを感じる。言語や価値観、宗教がエスニックには入り込む。東洋では、漢民族が民族でなくエスニックである。西洋では、南北ドイツ人やユダヤ教徒の白人が民族でなくエスニックっぽい。前者はドイツ語族+白人種、後者はユダヤ教徒+白人種。

大和民族とは?

 日本人とは大和民族の要素である。大和民族とは、東洋人種(正確には、東洋小人種)の部分集合である。東洋人とは、東洋人種の要素である。

1:人種と民族と部族

  人種や民族は家に対応して、〜人とはその中の人に対応する。部族は民族の部分集合であり、東洋小人種はモンゴロイド大人種の部分集合である。

 俺はさらに個族という新しい単語を導入したい。個族の要素は個人である。まとめると、個族⊂部族⊂民族⊂小人種⊂大人種→ホモサピエンス。例をあげよう。

2:例

 個人族⊂東北部族⊂大和民族⊂東洋小人種⊂モンゴロイド大人種。個人∈個族、東北人∈東北部族、日本人∈大和民族、東洋人∈東洋小人種、モンゴロイド人⊂モンゴロイド人種。こうなる。

 例えば、北ドイツ人では、北ドイツ人∈北ドイツ部族、ゲルマン人∈ゲルマン民族、白人∈白人小人種、コーカサス人∈コーカサス人種、となる。

 この記事では、俺は南ドイツ人とオーストリア人はゲルマン民族でなく、ケルト民族と認識する。俺は北ドイツ人と南ドイツ人は同じエスニック(ドイツエスニック?)であるが、同じ民族と認識しない。

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