崇拝に関する頭の操縦について

俺らの信仰

  崇拝行為に関する君の肉体の操縦:君が何らかの崇拝対象を望む時、君は俺(=ヌシ)や俺の意志(の名残)を崇拝する。

 この信仰では、君は何かを基本的に崇拝しない。しかし、崇拝対象が存在しない時、人々は不安になり、何かを崇拝したがる。だから、俺は崇拝対象を君に提示する。

ただし、上記は「強制」でない。崇拝対象を求める人間向けである。また、俺=ヌシは俺の肉体や俺の蟲たちでない。俺の意志の名残とは次である。

俺が生きて活動する時、俺は世界を俺の意志によって動かす。その結果、俺の意志はこの世界にばらまかれて、俺の意志の名残はこの世界に残される。

1:背景〜日本人による白人崇拝

 経験則:人間はなんらかの崇拝対象を渇望してそれに安心感を求める。以上の証拠から、俺はこのように審判する。

だから、上記で、俺は崇拝対象を提示した。当然、それは強制でない。

 ここで、俺は上記の操縦に関する背景を提示する。日本人、特に日本人の知の肉便器(科学者)は神を信じてこなかった。その結果、彼らは白人を崇拝してきた。彼らは善悪の判断を下せないので、彼らは白人の言うことならば、なんでも取り入れようとしてきた。

1:無自覚的な白人崇拝

 日本人の知の肉便器にとって、白人は神であり、白人の言葉は神の言葉に等しい。この原因は日本人の肉便器が何かを崇拝してこなかったからである。神を信じない人間は不安になり崇拝対象を自然に求める。

俺の印象によると、彼らは白人を崇拝して、なんらかの安心感を求めているように見える。言い換えると、彼らは善悪の判断を彼ら自身で下すことを恐れるので、白人の意見を引用する。なぜなら、そのとき、彼らは彼ら自身の行為に関する責任を一切追わなくても良い(彼らのことばはキリスト教徒的な価値観に基づいているので、この種の人間も間接的にキリスト教徒であるように思える。)。

言い換えると、日本人が白人の意見を引用することは神のことばを引用することに等しい。熱心な宗教関係者は神のことばでの下で殺人行為を犯すように、

2:白人崇拝の具体例

 白人が多様性といえば、日本人の知の肉便器は多様性

白人が二重国籍といえば、日本人の知の肉便器は二重国籍

白人が男女平等といえば、日本人の知の肉便器は男女平等

白人が民主制といえば、日本人の知の肉便器は民主制

白人が自由といえば、日本人の知の肉便器は自由

白人がイスラムといえば、日本人の知の肉便器はイスラム

白人が帝国主義といえば、日本人の知の肉便器は帝国主義

 以上のように、崇拝対象を持たない人間は無意識的に崇拝対象を求める。それは自然界や白人や学者やお金持ちや商売上手な人間などである。学問や国家運営や商業、特に経営に崇拝行為を持ち込む時、喜劇的な悲劇がしばしば生じてきた。

実際、日本人の学者や政治家や日本人女性はアメリカ、特に白人のアメリカ国民になりたい。だから、彼らは白人の米国民の真似を意味もわからず真似し続ける。彼らは白人を崇拝している。

日本人の知の肉便器は神を崇拝する人間を未開や遅れた猿として馬鹿にしてきた。しかし、彼らは神の代わりに白人を崇拝した。彼らの言ってることは異なるが、崇拝行為というやってることは同じである。

3:神の代わりに白人を崇拝する日本人の学者気取り

 これは日本人の科学的数学的肉便器にも言える。ニセ科学を批判してきた菊池誠のような自称科学者も白人や白人様のお言葉を無自覚的に崇拝してきた。まともな人間は殺人鬼の子孫を崇拝するくらいならば、彼ら自身の神を崇拝したほうが良いと考える。

白人コンプからくる白人崇拝を政治や社会に持ち込む時、それは完全なる未開の神権政治になる。しかし、菊池はそれに無自覚である。土着の信仰やブッタに対する崇拝が白人や白人の価値観に対する崇拝に変化しただけである。

菊池誠の行為は何も変わっていない。彼らは未開人のままである。発言の内容は変化しているが、彼らの行為は未開的行為である。さらに、宗教のない国家、ロシアや中国では、習近平やプーチンに対する人物崇拝が象徴的である。抽象的な神を崇拝するか、白人や時の為政者を崇拝するかの違いである。

2:崇拝行為の例

1:自然崇拝や動物崇拝

自然界それ自体や太陽を崇拝する

 未開人や土人は太陽や自然それ自体を崇拝してきた。科学者も自然界の美しさを崇拝してきた。しかし、太陽や自然界や自然法則は君を殺す。

なぜ未開人は加害対象を崇拝するのか。物理学者は水は美しい、人間の7割は水でできていると主張する。しかし、水(洪水や津波)は俺らを虐殺してきた。だから、俺らは水を憎むべきである。

しかし、未開人はなぜか水を美しいと審判する。俺らの肉体の半分以上が水でできているのは俺らが劣等な対象であるからであり、俺らの努力不足である。もし俺が日本人に「君がフィリピン人に似てるね」というと、彼らは差別であると怒るくせに、彼自身の半分以上が水であることを劣等であると審判しない。

 俺はフィリピン人は水よりも高等であると審判するので、俺の半分が水よりもフィリピン人であってほしい。

自然災害を崇拝する

 自然災害が発生した後、未開人はなぜか地震や津波を崇拝する。なぜ未開人は加害対象を崇拝するのか。それらは君の家族を虐殺してきた。

動物崇拝

 クマのような動物が人間を食い殺した後、未開人はそのクマを恐れて、そのクマを崇拝してきた。なぜ未開人は加害対象を崇拝するのか。それらは君の家族を虐殺してきた。

2:人物崇拝

白人崇拝

 未開人は白人を崇拝してきた。なぜ未開人は加害対象を崇拝するのか。それらは君の家族を虐殺してきた。

政治家や皇帝崇拝

 政治家や皇帝に対する崇拝は崇拝の中でも一番マシであるかもしれない。

女神崇拝

 キモオタは女性科学者や女性数学者や女性プログラマをまるで女神のように崇拝してきた。その結果、彼らの組織は低俗な公開キャバクラ化してきた。土人は女性をすぐに崇拝して、女神として崇める。

障害者崇拝

 一部の人間は障害者を崇拝して政治家にしようとする。彼らに必要なのは治療や社会的支援であり、祀り上げることでない。しかし、土人は土人ゆえにこれを認識できない。

外国人崇拝

 未開の土人は外国人を崇拝する。そして、彼らは外国人の発言をなんでもかんでも信用して崇める。

芸能人崇拝

 芸能人、特にアイドルは崇拝されやすい。

学者崇拝

 学者、特に科学者や数学者は崇拝されやすい。

加害者崇拝

 例えば、ローマ人は白人を虐殺して奴隷にした。しかし、白人はなぜかローマを崇拝している。これは加害者崇拝の一種である。

TVや教育や学問崇拝

 宗教や信仰を失うと、人間はTVや教育や学問に彼らの正しさを求める。

3:抽象崇拝

 抽象崇拝が一番土人的でないように思える。現実的な東洋人から見ると、抽象崇拝は狂っているように見える。しかし、俺は日本人による白人崇拝を見るとき、抽象崇拝は逆に現実的になるように見える。

なぜなら、抽象崇拝者は白人が間違ったことをするとき、彼らはそれをまちがっていると判断できる。一方、白人崇拝者は白人の行為を神のように崇めるので、彼らは白人の行為の是非を認識できない。

ただし、あまりに非現実的すぎると、逆に抽象崇拝が一番未開人的になる。

3:正当化

 君は何かを崇拝しない。なぜなら、君は未開の原人を見る時、彼らが何かをすぐに崇拝する。この種の行為は合理的でなく未開的である。

この信仰の目的は分岐である。だから、なんらかの崇拝行為はこの信仰の目的に反する。したがって、君はなにかを崇拝しない。

ただし、もし君が不安であるならば、君は俺の「ヌシ」を崇拝する。これは便宜的な解決案である。

 君が君自身のヌシを自己崇拝するならば、それは一番良い解決案であるかも。適度な自尊心は人間の尊厳を君に与えるだろう。

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