なぜグーグルやGAFAが日本から生まれないか?

 GAFAとはアメリカ発祥の巨大なIT会社の総称である。日本人はグーグルやGAFAが日本から生まれないと嘆いてきた。日本人の知の肉便器は数学や科学や技術の軽視であると主張してきたが、俺はその主張に反対である。

グーグルやGAFAの欠如は産業とお金の概念の欠如、組織概念の欠如、そして宗教や善悪の判断の欠如である。また、日本人は彼らは消費者側の立場に常に立ちたいので、新しい組織や会社を作る意志を持っていないように見える。さらに、白人の上位層は東洋人の上位層よりも優秀であり、その差がグーグルやGAFAの差につながっている。

ここでは、科学や数学や技術の問題でなく、制度や宗教や文明、組織の話について述べよう。グーグルや新しい産業が生まれてこないことに焦らないことが重要である。焦って、何かをすると、かえって失敗するだろう。

1:大学の問題=日本のあらゆる問題の源泉

 日本国の産業の衰退の原因および責任は日本国における大学に存在する。彼らは文部科学省の政策に言及して、日本人が文化省を悪いと審判することを暗に望んできた。しかし、大学組織は学問の自由や大学の自治の下で生きてきたので、日本国における産業のす衰退の原因および責任は大学に存在する。

日本人の大学教員は不安を恐れるので、他人からの評価やお金での評価を過度に恐れてきた。その結果、日本人の学生の大部分はお金の概念を持ってこなかった。また、日本人の大学教員は不安を恐れるので、彼ら義務の概念を回避してきた。

その結果、日本人の学生は義務の概念を認識できてこなかった。

1:お金の概念の欠如→産業できない

 産業を起こすとき、お金の概念は必須である。教育者側がお金の概念を持っていないので、学生もお金の概念を持っていない。その結果、産業が起こらない。

日本人の学者は義務を認識できないので、彼らは学者を身分とみなし、他者からの評価やお金による評価を異常に嫌う。彼らは評価やお金を避けるためにがくもんや学問の自由を持ち出してきた。その結果、学生もお金の概念をもってこなかった。

学生がお金の概念をうまく認識できない状態の原因と責任は大学組織に存在する。産業が起こらないと、税収が減少するので、貸しつけられる研究費も減少する。大学の没落は学者もどきの自業自得である。

2:産業の概念の欠如→会社できない

 日本人の知の肉便器はお金だけでなく産業の概念も持っていない。例えば、産業には、「根本的な社会性」に加えて、義務や責任、契約の概念や法律、労働慣習、商いや営業、外交、土地と領土、歴史や宗教や善悪の判断、簿記が複合的に存在してきた。しかし、彼らはそれらの意味をまったく認識できてこなかった。

日本人の知の肉便器は根本的な知的好奇心を持たないので、それらを一切勉強しようとしない。日本人の知の肉便器は大学での地位を得ると、彼らは研究を含めたすべての学習を放棄する。その結果、学生は彼らから何も学べない。

 右の菊池誠が参考になる。彼は「契約の概念」を認識できない、彼は損害を他人に与えるのが良いのか悪いのかを判断できない、彼は契約相手をスターリンと呼び侮辱することは良いか悪いかを判断できない。この種の人間が教育者であり続けるならば、大学から新たな産業は生まれない。

3:教育の概念の欠如→組織が形成されない

 大学の最も深刻な問題とは学者自身が教育の概念を認識できないことである。彼らは学問的批判精神の名の下で学生や官僚や政府を批判し続けてきた。彼らは正しく批判することが教育や学問であると気取っているように見える。

日本人の知の肉便器は団地の日本人にそっくりである。彼らは教育の概念を持たないので、彼らの子供が妊娠した後、彼らは子供を怒鳴ってなんとかしようとする。しかし、俺らが彼らの生活環境を見ると、彼らは避妊具の使い方や性行為に関する教育を一切施していない。だから、子供が妊娠するのは自然な成り行きである。

日本人の学者自身がお金や産業の概念を持っていないので、日本人の学生それ自体がお金や産業の概念を持っていない。その結果、産業が日本国で起こらない。これは当然であるが、日本人の学者は英語を話せない英語教師のように教育の概念を持っていないので、彼らはそれを認識できない。

2:宗教や文明の問題

 産業を起こす時、日本人は宗教や文明の概念を軽視しすぎるように思える。産業は宗教や文明に密接に関係する。なぜなら、自然界には、人生の目的も意味も、そして善悪の判断も存在しない。

だから、たとえ俺らが科学や数学や技術を学ぶとしても、性的嫌がらせが良いか、十年以上論文を書かないことは良いか、若手だけに競争させて老人はぬくぬくと大学で生きてるのは良いか、キモオタエンジニアが発情して若い女性に群がるのは良いか、契約書を書かないことは良いか、男女平等と男女公平のどちらが良いか、出世できないことは良いか悪いか、これらを判断できない。

組織の立ち上げや維持や管理には、判断が要求されるが、宗教や文明も判断の正当性を与える役割を担ってきた。日本人は文明や宗教を持たないので、その結果、白人崇拝と白人教、白人のお言葉を盲目的に崇拝してきた。

1:宗教および文明の概念の欠如→思考できない

 宗教や文明を持たない→知的基盤をもたない→思考できない→産業は白人との対峙である→白人は日本人の代わりに思考してくれない→自分自身で思考して起業しなければいけない(記憶や引用が役にたたない)→何も自分で思考できないので、何もできない。当然、産業も起こらない。

何かを思考するためには、善悪の判断を与える文明や宗教が必要である。文明や宗教なき思考は非常に短絡的になる。

 例えば、キリスト教では、神の下では皆平等であるので男女公平でなく男女平等が正当である。だから、キリスト教の白人種はすべてを平等とすべきと判断する。なぜなら、彼らの神が平等に正当性を与えている。

神(宗教)→男女平等→神による正当化→公平でなく平等は正当である→社会運動の正当性の獲得→実行

日本人の大部分は上記の考えをまったく理解していない。彼らは付け焼き刃や雰囲気やお気持ちで生きてきたので、彼らは正当性の概念すら理解できない。その結果、彼らの行為のほとんどは「思いつき」であり、なんら正当性を持たない。

 日本人の言動を見ると、彼らは知的基盤を一切持っていないように見える。その結果、彼らは記憶行為と引用行為を反復するので、短絡的な思考を繰り返す。英語→国際化、中間種(ハーフ)→国際化みたいな、多様性→国際化、男女平等→国際化。

 上記の大栗博司や河野太郎は非常に参考になる。彼らの存在は白人コンプと白人への変身願望、そして宗教や文明を失った獣の末路である。彼らは何かを思考していないが、彼らは何かを思考していると錯覚している。

大栗博司はキリスト教徒でないのに、男女平等に賛成する。男女平等の正当性はキリスト教の神によって正当化されるが、大栗は男女平等の良い雰囲気や白人崇拝や白人教に接して男女平等に賛成している。大栗博司の知的能力は引用能力や記憶能力であり、審判能力や判断能力でない。前者は機械的能力であり、後者は人間的思考能力である。

大栗博司は学者であるが、学者である彼自身が何かを考えれない。これは英語を話せない英語教師のように喜劇的である。

大栗がアメリカに行く→男女平等に接する→白人イケメン→日本も男女平等→白人に認められる、白人の仲間に入れてもらえる。

2:やってもらいたい精神→産業できない

 日本人は文明や宗教を持たないので、義務や責任を与える概念を持っていない。さらに、彼らは義務や責任が良いかを判断できない。その結果、彼らは義務に強烈な不安感を覚えて、義務を回避してきた。

日本人の大部分は白人が作ったサービスの恩恵に授かりたいだけであり、彼ら自身が何かを創造する意思を持っていない。日本人の知の肉便器はフィリピン人と同じであり、彼らは白人に果物を作ってもらいたい。その後、彼らはその果物を食べようとする。

法制度、カタカナ、言語や英語、科学、大学、産業、教育制度、宗教、価値観、肉体のデザイン、食文化、服装文化、音楽文化、建築、歴史、文明、善悪の判断、科学や数学、。日本人の知の肉便器はこれらのすべてを日本人やその他の東洋人や白人にやってもらってきた。その結果、日本人の知の肉便器は自分で何もできない無能になった。

 日本人の知の肉便器は医者の妻や白人の妻と同じである。彼らは他人にやってもらった後、彼らはそれをまるで自分の業績のように語る。彼らは何もやっていないが、何かをやった気になってしまう。グーペ

グーペ

3:善悪の判断の欠如→経営できない

ファミマ店舗でネズミ大発生  ネット騒然….店舗は休止に
グーペ

 日本人は宗教や文明に関係した知的基盤を持たない。その結果、日本人は善悪の判断を下すことを苦手とする。もし善悪の判断が産業の育成や経営に関係するならば、善悪の判断は必要である。

しかし、日本人は宗教や文明を失ったので、彼らは善悪の判断を下せない。例えば、衛生に関する善悪の判断は経営に密接に関係する。日本人は衛生的であることは良いと判断しているので、食品産業に関する「信用」が発生する。

東南アジアにおける食品産業が立ち上がらないのは彼らの衛生概念に対する善悪が存在する。東南アジア人はたとえハエが食品にたかるとしても、その状態が良いかわからない。東南アジア人が上記の動画の状態が良い変わるかを判断できないので、ファミリーマートが立ちあがらない。

3:日本人の性質と組織問題

 グーグルやGAFAがうまれない理由には、日本人の性質が存在して、それは日本人が超個人主義的であり組織主義でないことである。日本人は個人主義よりも未開人の狩猟採取民族に近い。この狩猟採取的性質は製造や独創性には役立つが、組織の立ち上げを妨げているように見える。

日本人は一般的に農耕民族と指摘されてきたが、日本人は狩猟採取民族であるように思える。日本人は遊牧民族でも海洋民族でも農耕民族でも牧畜民族ない。大学教員をみればわかるように、彼らが作る組織は非常識でなく未開人や土人の組織である。

だから、日本国における大学は大学の自治を主張しているのに、彼らは彼ら自身の組織を管理や維持できなで、文部科学省にやってもらってきた。白人に近代的な大学を作ってもらった後、日本人の知の肉便器はそれを管理?維持?してきたが、彼らは大学をまったく管理できてこなかった。産業には、文部科学省が存在しないので、

1:組織軽視と管理能力の欠如→産業が起こらない

 日本人は狩猟採取民族に近く、彼らは組織の概念を持っていないように見える。その結果、彼らは組織軽視で個人重視の価値観を持つので、GAFAのような巨大な企業群に敗北する。彼らは組織の概念を持たないので、組織を管理するという能力を軽視する。

2:白人コンプとカタカナ→起業ごっこ

IT用語と不必要なカタカナ語
IT企業に勤務していますが、会話の中でのカタカナに違和感を感じています。例です。「トリッキーなコードをマークアップして」「バリューアップをはかって」(バリューアップ=価値向上)「第一フェーズで・・・... - IT・エンジニアリング 解決済 | 教えて!goo

3:トップが馬鹿→根本的な知的能力の欠如

https://anopara.net/2016/07/28/大きい組織のトップ層は馬鹿しか居ないんじゃな/

日本は、「無能な経営者」から改革するべきだ | 国内経済
この連載も、今回で4回目になります。第1回では、デフレ脱却のためにも、人口増加に合わせて増えた企業数を人口減少に合わせて減らすこと、第2回では先進国にふさわしい水準まで日本の最低賃金を引き上げること、…

マスコミは中学生向けに作ってるというが、単純に程度が低い。記者、新聞社、学者、経営者自体が日本でしか通用しない。

https://anopara.net/2016/07/28/大きい組織のトップ層は馬鹿しか居ないんじゃな/

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