ここで、俺は俺らの単語観を君に与える。しかし、俺は以下の正当化を行えない。正当化は君らの仕事である。
1:名前の付与
1:名前と名字
例えば、りんごは名字であり、ふじは名前である。徳川は名字であり、家康は名前である。君が単語を物体に付与するとき、君は名前を人間に与えるように単語を物体に与える。
2:付与行為の分類
変換型の例として、even is a number which is divided ~のような定義的文?で使用される。10円玉を10枚で100円玉1枚を変換する行為も変換型付与行為である。
3:名前と名字の一般化
例えば、りんごのふじは「ふじーりんごー果物ー」または「ー果物ーりんごーふじー」である。
2:単語それ自体
1:単語の住処:名字の住処と名前の住処
例えば、ふじはx1軸上に乗っている。x1軸上には、つがるや紅玉が存在する。りんごはx2軸上に乗っている。x軸上の点はすべてりんごという名字を持っている。だから、君はりんごを唱えるとき、君はx軸上の点のすべてが指定される(発光する)。
2:名字と数字の位取り法の違い
3:名字は位か単位か
3:名字の理由
1:名字の理由
君はすべての人間を名前だけで記憶できない。だから、君は名字→名前で人間を大局から局所へと認識する。
2:位の理由
数は無限である。だから、君はすべての数に異なる名前を与えられない。だから、君は位を導入して数を整理する。
3:単位の理由
単位の理由は独特である。俺は科学史家でないが、単位の理由は数字だけだと紛らわしかったと俺は憶測する。