意志は疑いを与え信用を揺らがせる。

俺らの信仰
家紋 wikipedia

 一般的に、論理は真理と結びつけられてきた。しかし、この信仰では、俺と君は論理を真理としない。論理や科学や数学は「信用」を俺らに与えるが、それらは真理でない。

1:意志と疑いと信用

 意志と疑い:もしxが意志を持つ対象であるならば、xは疑われる対象である。

 疑いと信用:もしxが疑われる対象であるならば、xは信用を必ずしも持たない対象である。

 意志と信用:もしxが意志を持つ対象であるならば、xは信用を必ずしも持たない対象である。

 意志と疑いの逆:もしxが疑われる対象であるならば、xは意志を持った対象である。

1:意志と疑い

 意志と疑いに関する君の肉体操縦:君は意志を持つ対象及び彼らの存在及び状態、行為を疑う。君はそれらを信じることを強制されない。

2:疑いと信用

 信用:信用とは規則どおりに機械的に動く状態である。規則には、自然法則や契約や取り決めが存在する。

3:意志と信用

 意志と紅水陣の侵害:もし君が意志を持った対象を強制的に信用させられるならば、その行為は君の紅水陣の侵害である。その侵害は君にとって悪い。

2:単語の付与と行為と認識

 行為と意志:行為は意志を持った運動である。

 単語の付与行為と意志:付与行為は意志を持った運動である。

 認識行為と意志:認識行為は意志を持った運動である。

 行為と肉体の操縦:もしxが行為であるならば、行為は意志を持った運動であるので、xは疑われる対象である。

1:人間に対する認識の具体例

 男性は女性を人間と認識してこなかった。人間の一部は胎児を人間と認識してこなかった。だから、胎児の中絶は殺人行為でなかった。人間は認識に基づいて名前を与えて論理や数学を適用してきた。

人間の認識は行為であるので、紅水陣の侵害によって、君は彼らの認識を強制的に信用させられない。

2:人間に対する付与行為の具体例

 女性や胎児が人間かどうかは人間による付与行為の結果である。その後、これらに論理や数字が適用される。しかし、上記と同様に、付与行為は行為であるので、紅水陣の侵害によって、君は彼らの認識を強制的に信用させられない。

3:科学と論理は真理でない

 認識に対する科学及び数学、論理の依存性:もしxが科学及び数学、論理的対象であるならば、xは人間の認識に依存した対象である。

 認識と科学及び数学、論理と真理:もしxが人間の認識に依存した対象であるならば、認識は一つの行為であるので、(上記の行為と意志、意志と疑いにより)、xは君によって疑われる対象である。

言い換えると、科学や数学や論理は永久不変の真理でなく、疑われる余地が存在する。

 認識と数の依存性:数は人間の認識に依存する。君が対象を認識した後、その対象の数が認識される。

もしxが数であるならば、xは人間の認識に依存する対象である。もしxが行為であるならば、行為は意志を持った運動であるので、xは疑われる対象である。もしxが数であるならば、xは疑われる対象に依存する対象である。

1:女性→人間、胎児→人間は真理でない。

 一部の人間は「もしxが女性(胎児)であるならば、xは人間である文は真理である」と主張してきた。しかし、これは間違いである。なぜなら、誰が人間であるかは人間の認識や付与行為に関係するので、(上記の行為と意志、意志と疑いにより)、それらは常に疑われる。

女性や胎児を人間と認識しない種族は女性→人間という論理を女性に適用しない。したがって、その論理は彼らにとって真理でない。

2:世界人口の資料は真理でない。

 世界人口に関する資料も真理でない。なぜなら、人口には認識が関係する。なぜなら、誰が人間であるかは人間の認識や付与行為に関係するので、(上記の行為と意志、意志と疑いにより)、それらは常に疑われる。

インド人の一部は下位のカースト制度に位置するインド人を人間と認識しないかもしれない。その時、その種のインド人にとって世界人口に関する資料は間違いである。

また、胎児に対する認識も世界人口に関係する熱心なキリスト教徒は胎児を人間と認識するので、俺らと彼らの世界人口は互いに異なっている。

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