定義と認識と合意

俺らの信仰
家紋 wikipedia

 西洋では、定義と合意が重視されてきた。しかし、この信仰では、君は認識を最も重視する。ここでは、俺は定義と認識と合意について述べる。

西洋社会では、契約や国際的契約を結ぶ時、白人は国際条約に関する定義と合意を重視する。合意は自由意志に関連した行為であり、合意した人間はその行為に関する責任を負う。

だから、西側の白人は自由意志の表現である「合意」を非常に重視する。しかし、この信仰では、俺と君は合意を最も重視しない。

1:定義

 定義に対する君の認識:定義とは単語を取り決める行為である。

 俺は約束と契約と取り決めの違いを知らない。また、西洋では、定義された後、モノゴトや行為の真偽は定義との照合で測られる。君はこれを「照合的正当性」と呼ぶ。

 単語の取り決め(定義)→照合の発生→真偽の発生

2:合意

 合意に対する君の認識:合意とは相互的な自由意志に基づきモノゴトを約束する行為である。日常用語では、認めるが使用される。

 合意は相互的な自由意志に基づくので、強制でないことを暗示する。だから、君は合意に関する責任や後始末を君自身で行わなければいけない。自由の代償は誰も君を助けてくれないことである。

合意に関する世界では、もしアメリカ・モンゴロイド人が土地を渡す合意をしたならば、彼らは土地を白人に明け渡さなければいけない。たとえ君が白人がアメリカ大陸に存在することを不自然であると認識しても、もし彼らがその合意を作ったのであれば、彼らは土地を明け渡す義務を持つ。

俺はこれを良いと判断しないので、俺は次の考えを提示する。要するに、合意の問題点は不自然さの強制や許容である。たとえどんなに不自然な状況が生成されるとしても、もし合意が存在するならば、人間はその合意に従って作動しなければいけない。

3:認識

 認識に対する君の認識:君は認識を定義や合意の前に存在する基盤的行為と認識する。認識は知覚された対象を意味づけ?把握する行為である。

 例えば、君が合意された黒人奴隷を見るとき、君はそれを不自然と認識する。しかし、西洋では、定義が重視され認識が軽視されるので、白人はそれを不自然と認識しない。なぜなら、その黒人奴隷は合意された。

定義や合意重視の問題点とはたとえ不自然な環境が存在するとしても、合意や定義が存在するならば、その不自然さが許されることである。しかし、この信仰で、俺らはその不自然さを認めない。たとえ人間同士が合意するとしても、不自然さは変わらない。

認識の問題は土地や土地の先住権の問題に帰着される。たとえアジア地域における異人種が国籍や永住権を合意のもとで獲得するとしても、アジア地域に白人種が存在することは不自然である。合意を重視する人間は原住民でないのに、彼らは合意を悪用して必死にしがみつこうとするが、認識を重視する人間はそれはおかしいと認識し続ける。

 この種の話は東洋人と異人種との中間種にも言える。たとえ彼らは彼ら自身を日本人と呼んで他者との合意(半ば強制された)を取り付けるとしても、日本人を含む東洋人は彼らを東洋人と認識しない。しかし、定義や合意を重視する人間は定義や合意に従って運動するので、彼らは中間種を日本国民でなく日本人と呼ぶ。

しかし、東洋人は認識を重視するので、不自然な環境が重視される。認識能力が低い場合、不自然な合意が維持される。

認識の優越

 認識の優越:認識は定義や合意に優越する。たとえ定義や合意が形成されるとしても、不自然な状態が認識されるならば、その定義や合意は無効である。

 定義や合意を重視するとき、君は奴隷や家畜になるだろう。認識の優越は君を奴隷化や家畜から守る。君は自然な認識に従って君の肉体を操縦する。

例えば、定義や合意を重視するとき、白人が永住権や日本国籍を取得する後、彼らは先住民や原住民でないのに、彼らは日本列島やアジア地域で生き続けようとする。しかし、彼らはインド大陸の白くまと同じように不自然である。東洋人の大部分は彼らをみて不自然であると認識する。さらに悪いことに、彼らは一度形成された合意を悪用して、日本列島やアジア地域を日本人や東洋人、アジア人から奪おうとする。

上記の問題は文明の衝突に近い。俺らは白人とでは、根本的な考え方が異なる。この信仰では、俺と君は認識を重視する。たとえ異人種がアジア地域(東洋、東南アジア)でなんらかの合意(永住権や国籍)を取り付けるとしても、君はそれを自然な状態と認識しない。

 君の肉体の操縦の順序と約束:知覚→認識→定義(取り決めの作成)→合意。もし知覚や認識が自然でないならば、その後の定義や合意は取り消される。

 上記はバカな為政者や異民族や異人種の日本国民が国籍を異民族や異人種に与えるときに、有効活用できる。

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