損害的正当性と照合的正当性

俺らの信仰
https://ja.wikipedia.org/wiki/炎

 この信仰では、君は損害的正当性を正当な状態と判断する。

1:損害的正当性

 損害的正当性:損害的正当性とは自己の損害の無さを正当性と認識する状態である。

 損害的正当性では、認識が重視される。例えば、たとえインド人がインド人女性をインドで殺すとしても、君はインドに介入しない。なぜなら、インド人の行為は君に対する損害でない。しかし、西側白人が介入しようとする。

たとえインド人が人肉を食べようとも、君はインドに介入しないし、彼らと商いを試みる。ただし、インド人が君を食べようとするとき、その行為は君に対する損害であるので、君は対抗措置を取る。

損害的正当性とヌシ火

 損害的正当性では、君のヌシ火は消されない。なぜなら、君は何が君への損害であるかを君自身で審判して、その損害が悪いかを判断できる。君の自然な認識や個人的な判断は決して侵害されない。

2:照合的正当性

 照合的正当性:照合的正当性とは文字や自己との価値観との照合を正当と定義する状態である。別名は合致的正当性

 照合的正当性では、定義が重視される。例えば、西側の白人は他国に介入して他国をぐちゃぐちゃにしようとする。なぜなら、彼らは照合的正当性を正当と定義してきた。

例えば、ヴィーガンやクジラや犬食に対する介入も同じである。白人はヴィーガンを他人にも強制しようとする。日本人を含む東洋人の大部分は食べたくない人間のみが食べなければ良いと感じるが、白人はヴィーガンを他社にも強制しようとする。

日本では、学者気取りは照合的正当性を好む。彼らは白人の言葉や白人国家の状態との照合でものごとの正しさを把握してきた。この行為は白人が斉唱との整合性でものごとの正しさを把握してきたことに似ている。

 日本人の学者気取りにとって、白人の言葉は神の言葉であり、その言葉との照合が真理である。一方、白人は神の言葉との照合が正当性を与えると考える。どちらもあすぺ専用の思考である。

照合的正当性の長所と短所

 照合的正当性の長所は善悪の判断を下す時間を短縮できることである。君は銀行の引き落としを君の意志で一回一回やりたいと思わないだろう。同様に、君は物事のすべてを君自身で判断したいと思わないだろう。だから、君がある程度の取り決めを文章化してその文章との合致によって、君の善悪を機械化することは悪いことでない。

照合的正当性の短所は君の自然な認識や奴隷化や家畜化である。または、君のヌシ火が消されることである。例えば、奴隷や家畜や人種浄化や民族浄化が憲法や法律に合致していれば、照合的正当性はそれを正当と判断する。たとえ君が白人がアメリカ大陸で生活してきたことにおかしいと感じるとしても、アメリカ憲法や国民国家という侵略的な概念の言葉に一致していれば、その状態は正当であると判断される。

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