文明及び宗教と正当性と思考

俺らの信仰
家紋 wikipedia

 ここで、俺は文明及び宗教が何であるかを提示する。また、それらが与える正当性と思考を提示する。

物質的世界には、人生の意味や戦争の目的や善悪の判断が存在しない。しかし、俺らが人間社会を営む時、俺らはそれらなしに人間社会を営むことができない。だから、俺らはそれらを創造する必要がある。

宗教や文明は人生の意味や戦争の目的や善悪の判断に正当性を与えるものの一つである。この信仰で、俺は宗教や文明をこのように捉える。

1:文明及び宗教

 文明及び宗教に対する君の認識:文明や宗教はこの世に存在しないもの(善悪の判断)に正当性を与える。

 俺は宗教や文明の定義を知らない。しかし、宗教の定義の一つは神との契約であるように思える。文明には、東洋文明と西洋文明と中東文明とインド文明と地中海文明が存在するように思える。

各文明では、概念の正当性が互いに異なっている。そのとき、概念の正当性をめぐる争いが発生するので、正当性(真理)という概念が必要とされた。その正当性を与えるのが文明であり宗教(神)である。

日本人の知の肉便器は科学を不必要に評価するので、彼らは正当性の概念を認識できない。その結果、彼らは白人を神として崇拝して、白人教にはまり、白人のいたこを繰り返してきた。正当性が存在しないとき、男女平等が良いか男女公平が良いかを判断する知的基盤を持たないので、彼らは白人のいたこになる。

2:正当性

 正当性に対する君の認識:正当性が存在するとき、合意や自然な認識が形成される。

 異なる文明を異なる文明に持ち込むことは輸血のような行為である。異なる文明の人々は異なる正当性を持つので、合意や自然な認識が形成されない。

例えば、キリスト教では、男女平等は重視されるが、東洋人はキリスト教徒でないので、彼らは公平をより重視する(この信仰でも公平を重視する)。白人がキリスト教的な男女平等を持ち込むとき、東洋世界は拒否反応を引き起こす。

なぜなら、男女平等は東洋人同士によって合意されない。

3:思考

 思考に対する君の認識:思考とは物質的世界及び蟲的世界に存在しない何か?を取り扱う行為である。現時点での俺は何かや取り扱うの認識を知らない。

 文明及び宗教と思考の関連性:もし君がなんらかの文明や宗教に関する正当性を持たないならば、君は何も思考できない。

 君が思考について認識したい時、思考できない人間を見る。日本人の学者気取りは宗教や文明を持たないので、彼らは何も思考できないように見える。彼らはなぜかキリスト教の概念をたかり、平等や人権や寛容を掲げている。

日本人は何かあれば、白人のマネばかりを繰り返す。なぜなら、彼らは宗教や文明が与える知的基盤を持たないので、彼らは何も思考できない。さらに悪いことに、彼らは彼ら自身がなにも思考できないことを認識できない。

思考は宗教や文明が与える善悪の判断から始まるが、彼らは宗教を持たないので、善悪の判断を下せない。その結果、彼らは白人様のいたこ芸を繰り返して、何も思考できないように見える。さらに、日本人は善悪の判断を下せないので、真似ばかりと指摘されてもその指摘のなにが悪いのかを判断できないので、彼らはその状態を改善できず、彼らの真似ばかりが継続する。

思考できない例

 人権、平等、寛容、受け入れ、二重国籍、論理、計算、歴史(多様性の意味)、競争、お金、ビジネス、経済、競争、その他すべて。

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