中国人は国家概念を持ってない?国家と文明と王朝

【晚香玉】咏春 · 金丝雀【是谁在歌咏春天】西塘外景版

 日本人が大陸東洋人を見るとき、中国人は国家概念を持っていないように見える。中国人は文明や王朝の概念を認識し、かつ先祖を神のように重視するが、彼らは国家概念を認識できないように見える。

中国人は文明と王朝を国家と認識するように見える。さらに、中国人は王朝を政府や政権と見なしているように見える。つまり、中国人は政府や国家の概念を認識できないで、彼らは中華文明と王朝のみを認識してきた。

ちなみに、朝鮮人は文明と東洋人種を認識できない。朝鮮人は国家と民族のみを認識するので、彼らは東洋文明に貢献するという発想を持たない。

国家

日本の場合

 日本人は国家という家を想定した後、その中に政権や政府や貴族や王族、皇帝(天皇)を入れる。始めに、家が存在して、その家の中に学校の組の指導者や委員などを決定する。日本人にとって日本国とは学校のような「家(すみか)」である。

朝鮮人も日本人も類似した国家概念を持っている。なぜなら、朝鮮も日本も継続してきた国家が続いている。俺はモンゴルですら日本人側の国家概念を持っていると審判する。中国は東洋の中心であるけれども、中国人の国家概念は非常に特殊である。

現在、北朝鮮と南朝鮮は分裂した国家を形成している。しかし、彼らは同じ朝鮮民族であり、彼らは同じ「家」を見ている。日本人や朝鮮人が民族的に滅亡しない限り、朝鮮国や日本国は滅亡しないように思える。なぜなら、彼らは常に継続する家を必要とする。

中国の場合

 それに対して、中国は王朝(学級委員長)が存在して、そこから家を組み立てていく感じである。おそらく、中国は北方の遊牧民族の侵略を受け続けてきて、遊牧民による王朝の成立が多かった。その結果、中国人は国家という家をなかなか認識できてこなかったように思える。

日本人の国家は中国人の文明に対応するように見える。中国人は固定された国家概念を持っていないように見える。中国では、家を作っても異民族による侵略と家の破壊が継続的に行われてきた。

だから、中国人は日本人や朝鮮人のような継続的な家としての国家概念を持っていない。中国人にとって国家とは政権であり、王朝であり、そして人間(共産党)である。しかし、日本人から見ると、それは組の学級委員長であり、国家でない。

文明

日本の場合

 日本人は文明を東洋文明⊃中華文明と考え、日本人や日本国は中華文明に属さないが、東洋文明に属すると考える。日本人も日本国も単一の文明を形成しないが、日本人は東洋文明の辺境的な存在して彼ら自身を認識する。

当然、中華文明は東洋文明の中心である。モンゴルも台湾もチベットも東洋βん名に属する。台湾は中華文明に属するが、チベットやモンゴルは中華文明に属さない。朝鮮は中華文明に(ぎりぎり)属さないが、彼らは中華文明の手下のような存在に思える。

中国の場合

 中国人は中華文明を彼らの「家」と見なすように思える。中国人は日本国と中華文明を無意識的に比較する。しかし、その比較は正当でない。中華文明とドイツ国は比較されないように、中華文明と日本国は比較されない。

中国にとって、中華文明という家が存在して、その中に王朝が存在する。しかし、彼らは国家を認識できない。中国人が国家であると思っているものは王朝であり、文明である。

一般的に、単一の文明が単一の意志で動くことは現実的にできないので、国家という「家」が必要になる。その家が現実的に行動する。しかし、中国は中華文明という単一の文明で常に動こうとするので、彼らの作る政権は常に強権的である。

西洋

 西洋文明には、欧州と北米とオセアニアが含まれる。しかし、彼らは西洋文明として単一の個体で動かない。彼らは同じ文明に属するが、彼らは異なる個体として運動してきた。

中国の状態は欧州と北米とオセアニアが西洋文明として単一の意志で動いているような状態である。

王朝

日本の場合

 日本国における天皇は日本国の象徴である。そして、その歴史は長いように思える。しかし、たとえ天皇がなくなるとしても、日本人は国家を家と認識するので、日本という家は維持される。

日本人は国家と王朝をきちんと区別できているように見える。これは朝鮮人も同じである。王朝はあくまで国家の象徴や委員長的な何かである。王朝は家それ自体でない。

中国の場合

 中国人は王朝を国家と認識する。彼らの国家認識はどこか遊牧民族的であり、モンゴル人のゲルに似ている。中国人の国家概念はテントのような国家概念である。

中国人にとって重要なのはテントそれ自体でなく、テントの中の人間、つまり王様である。日本人はテントそれ自体を重視する。持続的なテントが存在して、その中に王様が存在して、その周りに貴族が集まり、国家が形成される。

おまけ:人種と民族と文明と国家の対応

 人種は文明に対応して、民族は国家に対応する。人種で動くことはほぼ不可能であるので、人間は現実的な手段として民族や国家単位で運動する。

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