物質的死と動物的死と人間的死と人誅

俺らの信仰
家紋 wikipedia

 俺が日本人女性や中間種や中南米人、そしてフィリピン人を見るとき、彼らは生きているのか死んでいるかわからない状態であると感じる。彼らは物質的には生きているが、文明的には死んでいる。

その結果、彼らは白人の遺伝子を賛美して東洋人を馬鹿にする。しかし、彼らは文明も歴史も彼ら自身の言語すら持っていないように見える。彼らはまるで物質的世界に束縛された歩くALS患者のようである。

歩くALS患者は白人の遺伝子を賛美して白人の夫を見せびらかす。

1:物質的死

 物質的死:物質的死とは肉体の破壊である。

 人間は殺人行為を物質的死と認識してきた。ダウン症やボケ老人はこの物質的死を認識できない。高等動物は彼ら自身の死を認識してきた。

しかし、死の概念はそればかりでない。

2:動物的死

 動物的死:動物的死とは生存する意志の破壊である。

 哺乳類と爬虫類の違いが動物的死を君に認識させる。爬虫類は生きる意志を持っていないように見える。彼らは何も食べず勝手に餓死する。

人間もうつ病になるとき、上記の爬虫類の状態になる。または、彼によって生きる意志が破壊されると、人間はすでに死んでいる。

3:人間的死

 人間的死:人間的死とは自己の破壊である。

 文化的ダウン症児:文化的ダウン症児とは人間的死を認識できない対象である。

 女性やフィリピン人は人間的死を認識できない。その結果、彼らは白人ハーフの子供を欲しいと気軽に言える。例えば、多様性や国際化の中の下で人間をごちゃごちゃ混血させると、彼らは自己を失う。

彼らは彼ら自身の顔を失う。彼らは彼ら自身の言語を失う。彼らは彼ら自身の歴史と文明を失う。彼らは彼ら自身の土地を失う。

彼らは絶望する。なぜなら、彼らはこの先どうやって生きていけばよいかを決定できない。彼らは守るものを持っていない。彼らは延々により優れた人間の遺伝子に乞食し続ける。

 人間的死と人間:もしxが人間的死を認識できないならば、xは人間でない。

 動物は俺らの先祖が背負ってきた歴史的義務や責任、そして人間の尊厳や本質を認識できない。なぜ日本人の数学者や科学者は白人の遺伝子に乞食せずに、彼ら自身で勉強してノーベル賞を受賞しなければならなかったのか。

女は人間でないので、これを日本人男性はもてないと解釈する。彼女らは人間の尊厳を認識できない。女は混血すると、東洋人や東洋文明が永遠に死ぬだろうとい感覺や恐怖を認識できない。

西洋人男性と東洋人男性は異なる人種であり異なる文明に生きてきた。しかし、東洋人男性は西洋人男性による西洋文明の崩壊に関する恐怖を感覺的に把握できる。俺は西洋人男性が彼らの人種と西洋文明を守りたいという必死さを痛いほど認識できる。

人誅

 誅の重さ:誅の重さは人間的死>動物的死>物質的死である。

 誅の重さと人間的死:もしxが人間的死をもたらす、またはもたらすだろう対象であるならば、xは人誅される対象であるので、xは君によって物質的死となる対象である。

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