マッチョ29の菅原辰馬の問題は筋肉でなく知能

大和民族について
naruto 君麻呂

 マッチョ29の菅原辰馬を見ると、彼は強烈な白人コンプを持っているように見える。彼は白人みたいになって、ちやほやされたい。日本人のマッチョは女々しいので、彼の運動は失敗するだろう。

たとえ菅原辰馬が筋トレしても、彼は白人になれない。彼はラオコーンになれない。彼に必要なのは知能であり、筋肉でない。では、知能とはなんだろうか?

1:菅原辰馬の問題

http://world-fusigi.net/archives/8082429.html

骨格

 たとえ菅原辰馬が筋トレしても、彼は白人になれない。白人の骨格はシャチの骨格であり、東洋人の骨格はサメの骨格である。菅原辰馬は順序の重要性を認識できないので、骨格がより重要であると審判できない。

菅原辰馬の滑稽さは桑田の息子mattに似てる。たとえ彼らが白人ハーフメイクをするとしても、モンゴロイド人種とコーカサス人種とでは、骨格が異なる。だから、俺らは白人になれないし、白人的なマッチョになれない。

精神

 菅原辰馬は深刻な白人コンプであるように見える。だから、菅原辰馬は白人コンプから逃れるために筋トレして現実逃避しているように見える。

これは日本人の科学者や数学者にも言える。かれらも科学や数学に励んで白人コンプから逃避したい。

日本人は彼ら自身の文明や先祖を失ったので、彼らは神の代わりに白人を、神のことばの代わりに白人のお言葉を、神の意志の実現の代わりに、白人の状態の実現を崇拝してきた。

視点

 菅原辰馬の視点はなぜか白人視点である。菅原辰馬の人種はモンゴロイド人種であり、コーカサス人種でない。菅原辰馬の人種はアメリカ・モンゴロイド人種と同じである。

だから、菅原辰馬はアメリカ大陸を取り戻す権利を持っている。菅原辰馬は筋トレする前にアメリカ大陸を取り戻せ。

南北アメリカ大陸の多様性は俺らモンゴロイド人種の虐殺の結果であるので、菅原辰馬は多様性を賛美すべきでない。黒人が黒人奴隷を、ユダヤ教徒がナチスを賛美しないように、モンゴロイド人種はあの多様性を賛美しない。

2:知能とは?

ウィキペディア コンゴとベルギー

自由意志

 西洋では、人間の本質は自由と定義されてきた。奴隷は人間でない。なぜなら、奴隷は自由でない。だから、自由こそが人間の証であった。

ここから、言論の自由や学問の自由、そして自由民主制度が導かれた。自由は好き嫌いの話でなく、人間の本質に関係する。菅原辰馬はイギリスに留学したのに、彼は自由の意味を認識できない。

自由でないことは人間でないこと。だから、君が自由でない人間を殺しても、君の行為は殺人行為でない。君の行為は歩く胎児の中絶である。

創造

 肉体の自己デザインを創造できることは人間の知能の一つである。にも関わらず、菅原辰馬は白人になろうとする。菅原辰馬はラオコーンになろうとする。

菅原辰馬はフィリピン人が白人の遺伝子に乞食して白人になろうとするように、筋トレして白人になろうとする。俺らは俺らの肉体の自己」デザインを創造する自由を持っているのに、菅原辰馬は自己デザインを創造する意思すら持っていない。

菅原辰馬に必要なのは筋肉でなく知能であり、自己デザインを創造する力強い意志である。

筋肉体操の学者

 筋肉体操の学者は白人女性と結婚した。もし彼が彼自身の人種を維持する意思を持たないならば、菅原辰馬はなぜ筋トレをして、なぜ筋トレのジムを運営するか?

日本人はこう考えるだろう。もし人種や民族を維持しないならば、筋トレなんかしないで白人の遺伝子を購入して多様性や国際化を叫べばよいと!

俺の印象によると、菅原辰馬はこの質問に真剣に回答できない。なぜなら、彼に必要なのは筋肉でなく知能である。菅原辰馬は人間の本質について真面目に考えたことがない。

3:ナルトの君麻呂

 記事画像の人物は漫画:NARUTOの君麻呂である。彼は筋肉でない骨を自由自在に操る能力を持つ。俺がこの漫画を読んだ後、東洋人は白人や黒人でなく、こっちの方向を目指せば良いのではと感じた。

俺ら人間は筋肉やまぶたの動き、そしてヨガでは内臓を自由意志で自由自在に動かすことができる。しかし、俺らは骨それ自体を自由自在に動かすことができない。

なぜ俺らは内臓や腕を自由意志で動かせるのに、上記のような骨を作り変えることができないのか?

 菅原辰馬に必要なのは筋肉でなく、知能である。たとえ彼がマッチョになるとしても、彼の白人コンプは延々に解消されない。東洋人は白人になれないし、なるべきでない。

俺らは物質的世界の奴隷でない。菅原辰馬は自由を好んでいるように見えるのに、なぜ彼は白人になろうとするのか?もし俺らが本当に自由であるならば、俺らはより良い肉体のデザインを創造できるだろう。俺らはよりよい顔のデザインを創造できるだろう。

その新たなデザインは物資的世界に存在しない。人間のみがそれを創造できる。そして、俺はこの創造こそが人間の本質であると審判する。

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