損害と賠償と詫び、そして予防義務

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 この信仰では、君は罪の概念で生活しない。だから、君や君の先祖が誰かを虐殺するとき、君は謝罪しない。以下の記事の背景は次である。

日本国は併合(植民地でない)して、朝鮮人の高い高い民族的矜持を傷つけた(らしい)。しかし、朝鮮人は小中華思想とキリスト教の原罪的な観点(日本人は原罪を背負ってる)から、謝罪を延々にお代わりしてくる。にも関わらず、朝鮮人は日本人拉致や戦後の虐殺や日本列島上での損害行為の多さなどに関して一切賠償しない。

この状態は一方性かつ不公平である。君は以下を陽と判断する。

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1:損害と賠償

 損害と賠償:もしxが損害をyに与えるならば、xはyに賠償する人間である。

 何が損害であるかは難しい。人種や宗教に関しても、損害に対する認識が異なる。

2:一度詫びれば十分

 詫び:詫びとは損害を与えたことを認め、かつ相手に悪かったと認める行為である。

 詫びの重要性は感情にも関係する。詫び行為とは、相手の立場に立って、相手に寄り添い、相手の不快感をきちんと認識したことを表現する行為でもある。または、詫びは次から注意するという予防の表現でもある。

 一度の詫び:詫び行為は一度のみである。

 詫びと失礼:詫び行為の後、相手側が君の損害行為を再度批判するならば、その行為は失礼(君への損害行為)である。

 朝鮮人は謝罪を延々に要求する。この行為は非礼であり、その行為は陰な行為である。君は朝鮮人による永遠の賠償を損害と認識せよ。

実際、朝鮮人は謝罪を通じて、民族的優越感を感じたいように見える。謝罪→儒教的な意味で朝鮮人が上で日本人が下になる→だから、謝罪を求める。

3:詫びの相互性(両方向性)

 詫びの相互性:詫び行為は相互的である。もし一方性がその行為に存在するならば、君は詫び行為を行わない。

 詫びと被害者:もしxが常に被害者であるならば、xは君によって詫びられない対象である。

 朝鮮人は常に被害者である立場を選択しようとする。君はこの種の人間に詫びないし、損害を賠償しない。また、ここでの相互性とは「本当の自己認識」に関する相互性である。

朝鮮人や中間種が彼ら自身を日本人と認識しないのにも関わらず、彼らが日本人として謝罪するとしても、その行為は「相互的」でない。

おまけ:自発的予防義務はと背乗り

 自発的予防義務:自発的予防義務とは、なんらかの行為の選択を自発的に予防する義務である。

 君が戦後のドイツ人を見るとき、君は予防義務の重要性を知る。ドイツ人による糾弾行為は戦前と戦後で何も変化していない。この信仰では、自発的な予防義務を重視する。当然、自発的であるので、君は他者からの干渉を拒絶する。

 背乗り行為:背乗り行為とはある人間が自己の人種や民族でない人種名や民族名を名乗り活動する行為である。

 朝鮮人は彼ら自身を日本人や韓国人や朝鮮人、ときに部落やアイヌと呼び、政治活動する。

 背乗り行為と賠償:ある集団が背乗り行為を行うとき、君はその種の集団に一切詫びないし、損害を賠償しない。

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