ジョージ・ソロスとシャイロックとキリスト教徒とユダヤ教徒〜欧州における移民問題〜

 脳みそワキガ:脳みそワキガとは主語(自己)を正確に認識でいない人間である。

 脳みそワキガの定理:もしxが白人であるならば、xは脳みそワキガ思考を繰り返す。

 俺がヴェニスの商人の話を聞いたとき、俺はなぜこの話が喜劇であるかを理解できなかった。しかし、現在の欧州における混乱を見るとき、俺はコーカサス人種、特に白人種の主語のおかしさに接した。その後、俺はなぜヴェニスの商人が喜劇であるかを認識した。

つまり、白人種は主語をうまく認識できない。ユダヤ教徒の白人であるジョージ・ソロスが寛容や移民の受け入れを推進していて、キリスト教徒の白人がその逆、つまりイスラエルやサウジアラビアのようなことをやっている。ユダヤ教徒の白人がキリスト教徒になって、キリスト教徒の白人がユダヤ教徒になれば、主語が正確に定まる。

ジョージ・ソロスの行為を見て、ユダヤ陰謀論を開陳するのはおもしろくないだろう。俺は彼らの行為を見るとき、俺はヴェニスの商人のシャイロックを思い出した。ただ、俺はジョージ・ソロスを無宗教的と認識してきたけれども、、。

ベニスの商人とシャイロック、そして現代のキリスト教徒の白人とユダヤ教徒の白人

and********さん
2013/2/1900:31:14
シェイクスピアの
ヴェニスの商人を読んでいると、どうしてもシャイロックに共感してしまい、悲劇にしか思えないのですが、どのような読み方、知識を頭に入れておけば、喜劇だと捉えることが出来
るでしょうか?どうしたらシャイロックに対してざまあみろと思えるのか?

フィリップス・ホーエンハイムさん
編集あり2013/2/1918:59:01
ユダヤ教徒であるシャイロックが、アントーニオが憎いあまりにユダヤの律法(トーラー、ミシュラー、タルムードなど、つまり旧約聖書等のこと)の法を自ら破っていることに気がつかず、法外な(アントーニオの心臓)を要求しているところ事態が不自然であり、敬虔なユダヤ教徒であれば、同胞以外(ユダヤ教徒以外)の者からは一定の利子で契約を結ぶことが定められている。

また、債務者(アントーニオ)が期日以内にお金を返せない場合は、ユダヤ法では一定期間の延長か、債権の減額をすることが義務付けられているが、シャイロックは、それすらも応じない。

以上のことは裁判の中で、ユダヤ教徒ではない裁判官に化けたポーシャがいずれも一度は、シャイロックに提示するが、彼は受け入れず、さらに破格な条件にも応じないことは、本末転倒している。


ユダヤ教徒でない者たちが、ユダヤ法をシャイロックに提示していて、逆にユダヤ教徒であるシャイロックは、ユダヤ法を破っていることが喜劇といえる

さらにユダヤ教徒ではないアントーニオが、他の者に無利子でお金を貸していることは、ユダヤ法の中で「同胞に対しては利子をとってはならぬ」という法に則っているところが皮肉たっぷりであり、最終的にユダヤ教徒らしからぬ、シャイロックがキリスト教に改宗させられるのは、ある意味当然の事といえるのではないだろうか。

<補足>
さらに言えば、ユダヤの律法(タルムード)の教えによれば、「異邦人(ユダヤ教徒以外の者)たちに対しては、節度を持って対しなければならない」とあり、シャイロックは、明らかに私怨のためにこれを無視している。

上記に挙げた、彼の行為は完全にユダヤ律法(旧約聖書の旧約の「約」とは、神に対する「契約」という意味)の違反行為は、取りも直さずユダヤの神(ヤハウェ)に対する冒涜とされる。

よって、神との契約違反によって神罰が下ったとしても、仕方がないことであるといえるのではないだろうか。

つまりシェークスピアは、ユダヤ教に対して深く理解していたということが読み取ることからも、彼の博識ぶりが伺える。
この「ヴェニスの商人」は、単に悲劇や喜劇というよりも、当時の政治的色彩を反映した政治劇の側面を持っている(たとえば、
ジュリアス・シーザーなど)。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11102305686

 ヴェニスの商人の喜劇性:ヴェニスの商人の喜劇性とは主語の誤認である。その結果、教徒の入れ替わりが生じた。

 現代の欧州の喜劇性:ユダヤ教徒の白人がキリスト教的な人道を唱えていて、キリスト教徒の白人はイスラエルにおけるユダヤ教徒の白人みたいなことを言っている。

 現代の欧州の喜劇性2:現代の欧州の状態はまさにシャイロックとアントニオの関係それ自体であり、「奇妙な一致」が笑いを誘う。また、人間が何も変わらず、同じことを繰り返す状態も滑稽さを誘う。

 俺が移民や難民を欧州に歓迎するユダヤ教徒の白人を見るとき、俺は上記の質問を思い出した。つまり、キリスト教徒の白人が人道や寛容に反対していて、ユダヤ教徒の白人がキリスト教徒のような人道や寛容に賛成している。

ヴェニスの商人の喜劇性は主語のおかしさに起因する。一般的に、コーカサス人種、特に白人種、もっと言うとドイツ人は彼ら自身の主語を認識できない。だから、彼らの行為は常に喜劇的になってきた。

実際、ドイツ人は他者をナチスと呼ぶが、日本人は彼らを見て、「お前がナチスだろ!」と返答したくなる。ドイツ人は彼ら自身が殺人鬼の子孫であるのに、彼らはそれを認識できずに、無関係な他者をナチスと侮辱する。

 一見すると、ヴェニスの商人は悲劇的に見えるが、主語のおかしさという観点から見ると、ヴェニスの商人はまさに喜劇的である。これは現在の欧州における外国人労働者政策を見ればわかるだろう。

キリスト教徒の白人が人道や寛容に反対していて、ユダヤ教徒の白人がキリスト教徒のような人道や寛容に賛成している。俺は彼らの行為は逆ではないかと勘ぐってきた。キリスト教徒の白人がユダヤ教徒の白人みたいな行為を繰り返して、ユダヤ教徒の白人がキリスト教徒の白人見たな人道行為を繰り返す。

ヴェニスの商人では、シャイロックはキリスト教徒に改宗させられたらしい。俺はキリスト教徒の白人にユダヤ教徒への改宗を、ユダヤ教徒の白人にキリスト教徒への改宗を推薦したい。現在の西洋社会の状態と行為はまさにヴェニスの商人そのものである。

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