善悪の判断とその生得性

俺らの信仰
ウィキペディア コンゴとベルギー

 この信仰では、君は善悪(物蟲ヌシ)の判断に関する能力を生得的な能力と認識する。例えば、白人が大規模な黒人奴隷に手を染めたのは彼らの生得的な能力の欠如であると君は審判する。その正当化は現時点でよくわからない。

善悪の判断と生得性

 生得的判断性:君は善悪を判断する能力を生得なものと認識する。

 何が善であり、何が悪であるかは物質的世界には存在しない。だから、君はそれを人工的に創造する。そして、その行為こそが人間の本質に関係した行為であった。

しかし、ある行為が善であると判断する能力それ自体は後天的でなく生得的である。男女平等が正しいか、男女公平が正しいかは物質的世界には存在しない。しかし、君がある状態を男女公平と審判して、それを悪いと判断するのは君の生得的能力である。

白人種は善悪の判断能力を後天的なものと認識してきた。だから、彼らはキリスト教を他人に押しつければ、人類の全ては正しく判断できると錯覚してきた。しかし、審判能力や認識能力や判断能力が遺伝的な現象に関係するならば、それらの能力は生得的なものの産物である。

 一般的に、善悪の判断が後天的であると指摘されるのは善悪や人生の意味が物質的世界には存在しない、だから、人間がそれらを彼ら自身で決定できるという考えに由来する。善悪の判断が物質的世界に存在しないことと善悪の判断を下す能力が後天的であることは互いに異なる。

例えば、サッカーの審判能力は後天的でなく、ある種の才能、つまり生得的な何かを必要とする。しかし、サッカーの試合における行為に関する取り決めや行為の善悪は後天的である。

使い方〜人権の例〜

 白人は黒人を奴隷にして多くの人間を虐殺してきた。その結果、彼らは陣形というくだらない概念を発明して、日本人を含む東洋人を侮辱してきた。東洋人が人権はいらないと発言するとき、白人は「もし人権が存在しないならば、東洋人は黒人奴隷を肯定するか」と高慢に説教しようとする。

しかし、普通の人間は人権など発明しなくとも、黒人奴隷を採用しない。実際、白人による黒人奴隷はキリスト教のせいでなく、白人の遺伝的性質、つまりアスペと凶暴性であるように思える。君が善悪の判断を下す能力を生得的なものと認識しないとき、なぜか白人は東洋人を白人が行った行為に関して侮辱する。

この状態は君にとって正当でなく、不利な立場に身を置く。

 経験則:君が善悪の判断を後天的と認識するとき、君は君が行っていない行為に関して侮辱される。また、君は人権概念を必要としない。

 まともな人間は人権の概念が存在しなくとも、黒人奴隷を採用しない。西側の白人はバカであるの、こんな簡単なことすらわからない。人権の概念が必要なのは西側の白人のみである。

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