過去法律観

俺らの信仰
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 過去法律観:過去法律観とは人間の行為に対する審判において、その人間の過去を考慮する法律観である。

 例えば、君は白人が日本人を差別主義者と呼ぶことに強い違和感を覚える。なぜなら、東洋人は過去を重視するので、白人が東洋を侵略してぐちゃぐちゃにしてきたことを忘れていない。白人は加害者であるのに、彼らはなぜか差別されたと被害者ぶり、日本人を差別主義者に仕立て上げようとする。

この種の行為はアメリカ先住民をnobel savgeと呼んだことを連想させる。白人は過去を認識できないので、彼らは同じ間違いを繰り返そうとする。彼らは虐殺の予防義務すら認識できない。

さらに、彼らは日本国の裁判においても彼らの過去を忘れて、平等な審判を受けようとする。なぜ殺人鬼の子孫と被害者が同じ審判を受けるのか?例えば、オム真理教が差別されたと、サリン事件の被害者を訴えるとき、オウム真理教とサリン事件の被害者が同じように審判されたら狂ってると感じるだろう。

 この原因はおそらく白人が過去を認識できない種族であることと彼らはなぜか過去をすぐに否定する種族であることに関係している。だから、彼らは同じ審判や平等な審判を受けようとする。

 過去法律観と物蟲ヌシ:君は過去法律観をヌシ判断と判断する。

 上記の正当化は分岐的大原則による。例えば、下等生物は過去を認識できない。其れに対して、人間は過去を認識できる。だから、過去法律観はヌシ判断である。

また、人間の過去を考慮することは公平である。この信仰では、君は平等でなく公平を重視する。

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