奥山真司は英語論文を書ける研究者か?地政学及び博士ごっこと和田憲治の本音

大和民族
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 奥山真司: カナダ&英大卒。戦略学博士。某大学兼任講師。著書『地政学』のほか J.ミアシャイマー著『大国政治の悲劇』、C.グレイ著『現代の戦略』、E.ルトワック著『日本4.0』、B.ホイザー著『クラウゼウィッツの正しい読み方』などの訳書、学習CD多数。動画

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 俺が奥山を見る時、俺は日本国における博士号や学者の問題を知る。その問題とは博士号の信用と損害と賠償である。もっと言うと、日本人の学者気取りの大部分は社会性を認識できない。その結果、彼らは博士号や学者を職業でなく身分と錯覚する。

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1章 奥山真司の論文

 俺の憶測 奥山真司は異民族や異人種によって信用される英語査読論文をほとんど書いていない。

 俺は奥山の論文を読みたいと思ったが、彼のブログしか出てこなかった。しかし、俺は彼がまともな論文を持っていないことに気がついた。この種の文系日本人の数は一人でない。彼は学者や研究者でなく、ブロガーである。

彼は試合に出たことがないサッカー選手と同じである。論文やそれに対する信用的な評価は試合における競技に似ている。もしあるサッカー選手が試合に出たことがないならば、その選手は選手でない。

俺の印象によると、奥山は英語を論文を彼ら自身で書くことができない。たとえ彼が博士号を取得するとしても、もし彼が論文すら書けないならば、その博士号は信用を失う。しかし、奥山は信用を認識できない。

 和田憲治は優しい日本人である。だから、彼は奥山が学者であるかをかなり疑っているが、彼はそれを指摘しない。その結果、彼はますます勘違いしてきた。

2章 博士号は知的信用状

 認識 博士号は信用であり、身分でない。ましてや、頑張ったご褒美でない。

  奥山真司は博士号の意味を把握できない。そのため、彼は日本列島では博士号が評価されないと嘆いてきた。または、彼は日本人をなぜかバカにしてきた。

博士号は知的信用状に似ている。もし博士号が信用を持たないならば、その博士号は単なる紙やジンバブエドルと同じであり、その博士号は無価値である。彼は信用を認識できないので、彼は彼が持っている博士号が無価値であると認識できない。

日本人は奥山の博士号を評価しない。なぜなら、奥山の博士号は信用を持っていない。実際、誰が英語論文すらまともに書けない人間の博士号を信用するのか?論文書けないと、たとえ博士号を持つとしても、誰も奥山を学者や博士と認識しない。けれども、彼は信用を認識できないので、こんな簡単なことすら認識できない。

3章 誤審と誤認識

 認識 奥山真司は誤審と誤認識を繰り返す。

 日本人の学者は豊富な知識を持つ。しかし、彼は審判能力や認識能力をもたない。その結果、彼らは誤審や誤認識を繰り返してきた。

だから、日本人は日本人の学者気取りはばかであると審判してきた。俺が十年以上論文を書いてこなかった人間が学者と呼ばれる時、日本人は彼らあ本当に馬鹿であると審判した。十年以上、競技に参加してこなかった運動選手は選手と呼ばれないが、学者は研究者や学者と呼ばれる。

この種の状態は誤審や誤認状態である。上記の奥山もまともな研究論文すら書けないのに、研究者や学者と呼ばれる。彼は合気道の達人と同じであるだろう。彼らの存在もまた現実に対する誤審と誤認識の結果である。

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おまけ 奥山真司はルトワックの霊言を繰り出す大川隆法か?

 俺の審判:奥山真司はルトワックの霊言を繰り出しているだけである。

 奥山真司は真面目な大川隆法の学問版である。きちんとした論文を書かない人間は研究者や学者でない。俺の印象では、奥山は白人の業績を消費して、引用して、賢そうな雰囲気を醸し出すことを学問と勘違いしている。彼は論文を書く必要がある。

大和民族の文系は白人の業績を適切に処理して消費して、引用(見せびらかす)ことを学問的行為と錯覚している。奥山も同様であり、彼もまた学問やってる “雰囲気” を醸し出しているだけである。奥山はルトワックの翻訳をしているだけであり、俺は彼自身の意見が何であるかを知らない。彼は自己の業績や自己の考えをきちんと彼自身で表現する必要がある。

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