歴史の記述の方法〜「俺らについて」の歴史

俺らの信仰
https://www.youtube.com/watch?v=7L9r75FGgOk

 これは「三重試合型歴史観」の続きである。この信仰では、君は以下の方法に従って君自身の歴史を記述する。

大局から局所へ記述

 君が歴史を記述するとき、君は大曲から局所へと歴史を記述する。例えば、君はモンゴロイド人種の歴史→東洋小人種の歴史→大和民族の歴史→会津藩の歴史を記述する。

一ゼロ思考でなく幾何学的に捉える

 東洋人xが日本人であるかはあまり重要でない。重要なことは君が他者からどれくらい分岐されているかである。15億人の東洋人が同じでないので、彼らは互いに分岐されている。

その結果として、日本人や朝鮮人や漢民族(中国人)が存在する。君が人種や民族をガス球体のように幾何学的に把握する。

他人の歴史を測定する基準の設定

 君が物体の長さを測定するとき、君は定規を使う。同様に、君は欧州や中東の歴史を測定するとき、君は日本国や中国大陸の歴史を定規として使用する。もし君が定規なしに歴史を学ぶならば、君は白人崇拝者となるか、歴史の意味を把握できないだろう。

実験物理学者が物体の長さを測定する定規を必須とするように、歴史学者は他人の歴史を測定する定規を必要とする。

感情を軽視しない

 もし君が異民族や異人種や異教徒に対する恨みや憎しみを認識できないならば、君は歴史を認識できないだろう。もし君が朝鮮の歴史や黒人の歴史を学ぶならば、君は朝鮮人の感情や黒人の感情を正確に把握する義務を持つ。

先祖及び子孫と社会の二重性

 君が何が歴史を考えるとき、君の答えの一つは君の先祖史である。しかし、先祖史では、狩猟民族と農耕民族の違いが曖昧である。この信仰では、君は先祖史を個人的な歴史として、社会としての歴史を認識する。

宗教の役割とは社会の形成である。もし先祖史のみが存在するならば、君は宗教やそれらが作る社会を必要としなくなる。だから、君は先祖史と社会という二重の歴史観を採用する。

前提と強制された認識

 君が歴史に接するとき、君は前提と強制された認識を知る。例えば、白人が書く歴史の前提はアリストテレスや古代ギリシャや古代ローマをなぜか西洋文明としていることである。

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