救助行為と人助け行為と正当性

 この信仰では、君は信仰者以外の人間を一切救助ししないし、助けない。また、君は他人に同情しない共感しない、善意を持って助けない。君は東洋的な礼節に沿って君の肉体を操縦する。

以下では、なぜ救助行為や人助け行為が正当でないかを述べる。

1:救助行為や人助け行為に対する君の認識

 さて、君は救助行為を認識しよう。その前に、君はいくつかの状態を認識する。

被救助状態

  1. 被害的状態とは人間が人間や動物による害を受けている状態である。
  2. 災害的状態とは人間が物質による害に受けている状態である。
  3. 不自由状態とは人間が貧困などによって不自由である状態である。
  4. その他

君は上記の状態をまとめて被救助状態と呼ぶ。簡単に言うと人間がある人間の状態を助けられるべきであると感じるような状態である。また、上記では、後遺症を含む災害の後の状態も含む。

救助行為

 救助行為とは被救助状態を正常な状態へと改善する行為である。簡単に言うと、救助行為とは状態の改善(変化)行為である。ここでの正常な状態は俺にはわからない。

2:経験則

 救助された人間は次のように振る舞う。

  1. 逆恨み行為とは助けてくれた人間を恨む行為である。
  2. 依存行為とは助けてくれた人間に依存して甘える行為である。
  3. 裏切り行為とは助けてくれた人間を裏切り損害を彼に与える行為である。
  4. 善意悪用行為とは他人を見捨てた罪悪感や救助に関する善悪を悪用する行為である。

君が君の信仰に従ってある人間を助けるとき、その人間は君がその人間を助け続けるだろうと期待する。その人間は彼の期待が裏切られたとき、君を彼に対する加害者よりも恨むだろう。この行為は完全な逆恨み行為であるが、経験的に事実である。

また、助けられる人間は救助者に甘えて損害を救助者に与えるようになる。なぜなら、彼らはたとえ彼らが損害を救助者に与えるとしても、救助者は再度助けてくれるだろうと期待する。その期待が裏切られるとき、彼らは救助者を恨むだろう。

さらに、救助行為が善となるような宗教では、その行為を悪用するような人間が自然発生的に出てくる。この種の人間は一般的に悪と描かれるが、ちんぽ騎士的精神を持って他人を助けようとする人間が彼らの発生原因である。だから、救助行為それ自体を除去すれば良い。

3:正当化

 救助行為をしなくても良いことの正当性は難しい。君は東洋文明における礼の概念や相互性を使用できるかも。または、もし救助行為が君に強制されるならば、その強制は非分岐的状態であるので、その状態はこの信仰の目的に反する。だから、君は他人を救助しなくても良いと導けるかも。

ただし、俺は上記の正当化に納得していない。だから、俺は上記を書き直す。

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