公理と前提と仮定と定義と定理と証明と結論

 公理と前提と仮定と定義と定理と証明と結論は非常に難しい。ここでは、俺は日常におけるこれらの意味を提示しよう。学問上の定義などはwikipediaを見よ。

俺らがこれらを想像する時、俺らは料理を思い浮かべる。その時、君はこれらを容易に把握できるだろう。ただ、君は有益で正確な情報は無料でないことを知っている。

もし君が正確な情報を知りたいないならば、君はおかねを支払い書籍を購入するか、大学へと入学する。

1:公理と前提と仮定

1:公理は具材の始祖

 例えば、すべての料理が5の具材からできる時、その5の具材は料理的体系の公理である。俺は公理を始祖と翻訳すべきであったと感じる。

2:前提はまな板の上の具材

 君が料理を作る時、君は具材をまな板の上に置く。その後、君はその具材を料理的手続きに基づいて調理する。まな板の上のその具材が前提である。

その後、君はその具材を調理して変形された具材(結論)を作る。

3:仮定はこの具材を使うと、何ができるかな?

 前提と仮定は似ている。仮定は「もしaならば、bである」における「もしaならば」である。単位線分ABが存在する時、ABのなかの端点Aが仮定。それに対して、前提は点AのAであり、または単位線分ABそれ自体が前提としても使われる。

具材A→(調理による変形)→具材A’という流れのなかの具材Aが仮定である。

2:定義と証明と結論

1:定義は具材の名前に関する取り決め

 定義は真理でなく、取り決めである。単語の定義とは単語の名前に関する他者との約束や契約である。教科書には、単語の定義が載っているが、君はそれらを約束の一種と認識する。

定義の重要性は学問、特に数学でなく、商業における契約において重要である。君が売り買いする時、買い手と売り手では、ものの認識が異なる。だから、買い手と売り手は商品の名前に関する取り決め(定義)を決定して、商業の齟齬を解決する。

2:定理は具材から料理までの行為

 具材の名前が取り決められた後、君はそれらの具材を実際に調理する。具材から料理が作られるまでの一連の行為が定理である。定理の重要性は真理でなく利用可能である。

定義は単語の取り決めの後に存在する。君が単語を取り決めた後、君はその単語の状態や行為を観察してまとめ上げる。それが定理となる。

一般の人々にとって、科学や数学の本質は真理でなく、「使用可能なこと」である。これは料理もおなじである。

3:証明は自動的な調理

 証明は真理の獲得でなく、自動的な調理である。君が真理を獲得するために、数学をする時、君は変な方向に行く。自動の重要性はまくまで「信用」である。

君は太陽の運動を信用する。なぜなら、太陽は自動的に運動する。同様に、君が数学上の定理を証明する時、信用されるような自動的に走らすことができる証明が重要である。

4:結論は出来上がった料理

 結論とは自動的な調理の下でできた上がった具材や料理である。

3:認識と正当化と審判

1:認識

 重要なことは数の認識であり、数の定義でない。認識は定義に先立つ。定義の重要性はその文や単語を機械に理解させることである。

君は日本人の定義や数の定義や人間の定義や世界の定義や科学の定義を知らない。しかし、君はそれらを認識している。もしxが認識される対象であるならば、xは定義される対象であるかは俺にとって未知である。

2:正当化

 論理とは推論の一種である。また、論理の重要性とは真理の獲得でなく、自己の意見の正当化である。自己の意見を正当化するための手段の一種が論理である。

3:審判

 結論や証明と審判は異なる。結論がサッカーの試合の結果やサッカー選手の行為の結果であるとすると、審判はサッカーの審判による審判行為である。審判はメタ的であるが、結論や証明はサッカーの選手の運動の中に存在する。

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