現在原理と概念としての過去的状態、そして信仰される未来的行為

 これは「https://oreranitsuite.com/2019/11/07/知覚存在と拡張された知覚存在、認識存在と信仰/」と「https://oreranitsuite.com/2019/10/12/概念的統治法〜違いと違和感〜/」の続きである。

君が存在を知覚される対象と認識するとき、君は過去を存在しないと認識する。しかし、同時に、君はその認識の強烈な違和感を覚える。では、過去とは何であるだろうか?

君が概念的統治法の思考を利用するとき、君は何が過去であるかを感覚的に把握する。さて、その前に、君は現在原理を提示しよう。

 現在原理:現在原理とは存在しているのは現在のみであるという原理である。ここでの存在とは知覚される対象である。

 現在的存在:現在的存在とは知覚される存在である。

 君が上記の原理を採用するとき、君は過去は存在しない(知覚されない)と審判せざる得ない。しかし、君は強烈な違和感を覚えるだろう。以下で、君はそれを解決する。

概念としての過去的状態

 過去的状態:過去的状態とは現在の世界の中の状態である。過去的状態とはある対象に対して認識される状態である。

 例えば、君は現在の世界を一つの部屋を認識する。そのとき、君はある種の違いを認識して、その違いを概念的統治法の考えにより捉える。その違いとは現在の世界の中の過去と現在である。未来は存在しない。

君は昔から部屋の中に存在する対象と君の友達が今持ってきた対象の違いを認識する。その違いが過去それ自体である。つまり、過去とは現在という部屋の中の状態である。過去とは正確には過去的状態である。

人間は二つの対象に過去なる状態と現在なる状態の違いを認識する。君はその違いを過去的状態という概念として生成する。これはある対象に対して形や位置という概念が認識されるように、君はある対象に対して過去という概念を認識する。

 取り決め 君は過去的状態を認識される状態であると認識する。

 現在は知覚されるが、過去は知覚されない。過去は現在の世界の中の対象の状態として認識される。過去的状態は認識される状態である。

この信仰では、君は過去を存在しない対象と認識する。この信仰では、君は過去を認識される状態と認識する。

信仰される未来的行為

 未来的行為:未来的行為とは信仰される行為である。

 現在という存在は知覚され、過去的状態は認識される。では、未来はどうだろうか?

君が知覚される世界を観察するとき、君は未来を発見できない。君は現在の世界を知覚して、その中の過去的状態を認識する。未来は知覚としても存在しないし、認識される状態としても存在しない。

現在は知覚に関係して、過去は認識に関係するとき、君は未来は信仰に関係すると類推するだろう。現在は存在であり、過去は状態であり、そして未来は行為である。

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