人間の本質と意識

俺らの信仰
https://ja.wikipedia.org/wiki/チンパンジー

 君が人間の本質を思考するとき、君は人間の意識を人間の本質と認識するかもしれない。このとき、動物も人間になってしまう。

1 人間の本質は意識でない

 人間の本質は意識でない。なぜなら、もしxが意識を持つ対象であるならば、xは人間である。君がこれを正しいと仮定するとき、猿や鳥が人間となる。そのとき、もし君が家畜を処分するならば、その行為は殺人行為になるだろう。

また、上記の論理では、胎児も人間になる。この信仰では、君は胎児を人間と認識しないので、意識は人間の本質を与えないと君は認識する。さらに、もし意識が人間の本質であるならば、もし睡眠中や気絶によって意識が失われるならば、その時点でその人間は人間でない。

だから、たとえ君が気絶や睡眠中の人間を殺人するとしても、その行為は殺人行為でない。なぜなら、そのとき、対象は意識を持たないので、その対象は人間でない。

2 意識は蟲的世界に住む

 君が意識ついて考えるとき、君は意識を蟲的世界に属する対象と認識する。当然、意識とは視界や聴覚などである。

 他者の蟲の認識不可能性:他者の蟲の認識不可能性とは、君が他者の蟲を認識できない状態である。

https://oreranitsuite.com/2019/10/25/他者の蟲及びヌシ(信仰的客体)/

 人間は動物にも意識が存在するので、人間は動物を大切に扱うべきであると感じる。しかし、意識は他人の蟲であるので、君は動物の蟲を認識できない。君は動物の蟲を信仰する。

もし物質的世界に属する肉体と蟲的世界に属する意識の「対応関係」が証明されないならば、君は動物の蟲を信じる必要はないし、その信仰を強制されない。ちなみに、その対応関係とはもし肉体の状態がxであるならば、意識がその状態に対応して立ちあわられるである。人間は動物にもなんとなく意識が存在すると感じるが、それはあくまで経験則や観察の結果である。

意識それ自体は物質でない。だから、上記の下線部は近代科学では証明されない。なぜなら、近代科学は主に物質を扱い、それに関する実験的証明を試みてきた。

3 正当化

 意識は人間の本質でない。なぜなら、意識は蟲的世界に属する。もし君が意識を人間の本質と仮に認識するとき、君はヌシ的世界から分岐されていない蟲的世界の対象と人間の本質と認識する。この認識は分岐という信仰の目的に反する。したがって、君は人間の本質を意識と認識しない。

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