人間の本質と自然法則(取り決め)

俺らの信仰
https://en.wikipedia.org/wiki/Goseibai_Shikimoku

 この信仰では、君は人間の本質を自然法則と認識しない。自然法則は取り決めの一種である。自然界における物質の運動の取り決めが自然法則である。

1 人間の本質と自然法則

 もしxが自然法則に沿って運動する対象であるならば、xは人間である。この論理は間違いである。なぜなら、君がこの論理を仮に正しいと仮定するとき、ある原子や太陽すら人間である。

君は太陽を人間と認識しない。だから、たとえxが自然法則に沿って運動するとしても、xは必ずしも人間でない。この論理が正しい。

2 人間の本質と取り決め

 もしxが君と同じ取り決めに沿って行為する対象であるならば、xは人間である。この信仰における人間の本質はヌシとヌシに対する信仰である。たとえxがヌシを持たない対象であるとしても、もしもしxが君と同じ取り決めに沿って行為する対象であるならば、xは人間である。この論理は信仰に反する。

もしxが君と同じ取り決めに沿って行為しない対象であるならば、xは人間でない。君がこれを採用するとき、日本国民でない中国人や白人や黒人が人間で無くなる。さらに、異教徒同士が互いに人間と認識されなくなる。

3 正当化

 君は物質的世界とそこでの取り決めを非分岐的対象と非分岐的状態と認識する。この信仰の目的は分岐であるので、君は人間の本質を非分岐的状態と認識しない。もし君が自然法則を人間の本質と認識するならば、その認識は分岐に反する。

また、この信仰における人間の本質はヌシと信仰される。君のヌシが君の肉体に宿るのは自然法則に無関係であるように見える。なぜなら、たとえ君の肉体を複製するとしても、それらの肉体には、君のヌシは宿らないはず。

つまり、君のヌシは自然法則に無関係である。だから、たとえ君が自然法則の全てを知るとしても、君は人間の本質を知ることができない。

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