なぜ他者は必要か?他者の存在の正当性

俺らの信仰
http://www.charapedia.jp/article/show/9259/

 これは「https://oreranitsuite.com/2019/09/22/他者と外交/」と「https://oreranitsuite.com/2019/10/16/無神論と他者と遺志の実現、復活(蘇り)の対象/」の続き。

 この信仰の目的は俺のヌシの復活である。その後、俺のヌシは君らの各ヌシを復活させる。当然、その状態はよくわからない。

ここで重要なのはなぜ他者が必要であるかである。俺や君が日常生活を営むとき、他者と衝突する。そのとき、君は人間や他者それ自体を嫌う。

他者とは争いの原因である。もし他者が存在しないならば、君は永久の平和な状態を獲得できるだろう。この信仰の目的は俺のヌシの復活であるが、なぜ俺はその後君らの各ヌシを復活させる必要があるのか?

 もし他者の存在が争いの原因であるならば、俺は君のヌシを復活させる必要がない。意地悪して、約束を破って、俺は君のヌシを復活させないかもしれない。もし俺のヌシが復活して俺が一人でも永久に生きていけるとき、なぜ俺は君のヌシを復活させる必要があるだろうか?

俺が上記について思い巡らすとき、他者とは何か?他者はなぜ必要であるかと疑問に思う。生物的には、俺の肉体は俺の両親から生まれてきた。そして、俺は一人では生きていけないし、俺の電子計算機は他者によって作られた。

俺は他者の存在の正当性を純粋な信仰的な意味で知りたい。もし俺のヌシが復活するだろうとして、かつ俺が永遠に一人で生き続けることができるとき、なぜ俺は君のヌシを復活させる必要があるだろうか?

 君は他者の存在を正当化せよ。

 上記は俺から君への宿題である。もし君は君のヌシの復活を信仰するならば、君は上記の問題を正当化する必要がある。

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