日本人は民主制度を明治維新で望んだのか?戊辰戦争と奥羽越列藩同盟

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https://ja.wikipedia.org/wiki/奥羽越列藩同盟
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 これは「https://oreranitsuite.com/2019/11/22/日本史の明治維新という過ちと異常事態〜薩摩や/」の続きである。

 戊辰戦争(ぼしんせんそう、慶応4年/明治元年 – 明治2年(1868年 – 1869年))は、王政復古を経て明治政府を樹立した薩摩藩長州藩土佐藩らを中核とした新政府軍と、旧幕府勢力および奥羽越列藩同盟が戦った日本内戦。名称は慶応4年/明治元年の干支が戊辰であることに由来する。

https://ja.wikipedia.org/wiki/戊辰戦争

 日本人は民主制度を望んだ。だから、日本人は民主制度の下での第二次世界大戦に関する責任を負うべきである。この種の発言はしばしば指摘されてきた。

しかし、俺はこの種の発言に反対して、この種の発言を歴史修正主義であると認識する。上記の質問に対する俺の回答は民主制度は白人によって押し付けられた制度である。

1 日本人は民主制度を望んだか?

 俺は日本人が民主制度を望んでいないと審判した。なぜなら、戊辰戦争が発生した、奥羽越列藩同盟が形成された、そして、白人は薩長を支持してきた。この3つの事実から、俺は日本人は半ば強制的に民主制度を押し付けられたと審判した。

戊辰戦争

 明治維新の過程で、戊辰戦争が発生した。この戦争では、多くの死者が生じた。一般的に、ある対立が存在する時、戦争が発生する。

同様に、ある対立が存在したので、戊辰戦争が発生した。では、その対立とは何であるか?その対立とは幕藩体制の支持者と民主制度の支持者との対立であった。

結果的に、民主制度の支持者が勝利して日本人や日本列島がフィリピンになった。なぜなら、民主制度の支持者、つまり薩長は白人側の助けを借りて日本文化をめちゃくちゃにしてきた。薩長は白人によって助けられて幕府側に勝利した。

奥羽越列藩同盟

 奥羽越列藩同盟とは幕府及び東日本人の同盟である。彼らは薩長をはじめとする西日本人に敗北した。つまり、明治維新の後、日本は東日本と西日本に分裂して対立してきた。この対立は日本人が民主制度を必ずしも望んでなかったと審判する。

もし日本人が民主制度を望んでいたならば、戊辰戦争も奥羽越列藩同盟も存在しなかっただろう。

イラク戦争と民主制度の押し付け

 アメリカは民主制度をイラクやエジプトに押し付けて、中東をめちゃくちゃにしてきた。アメリカやイギリスはお金を一方に与えて、民主派を支援して政権を打倒しようとしてきた。明治維新は白人による民主制度の中東への押し付けにそっくりである。

白人はお金や武器を薩長に支援してきたが、この行為は民主派かつ反政府への金銭的支援と同じである。

2 日本人の気持ち悪い自虐癖〜なぜインテリや企業や政治家は民主制度を望むか?

 俺は上記の菊池の発言は嘘であり彼は歴史修正主義者であると審判した。彼は学者にふさわしくない。彼は卑しい嘘つきである。

明治維新の後、悲惨な内戦が生じた。にも関わらず、菊池はそれを日本は民主主義を選択したと捻じ曲げた。もし菊池の発言が正しいならば、なぜ俺の会津藩の親戚は内戦で死んだのか?

企業や学者や報道関係者

 日本企業は彼らの行為の後始末を日本人にやらせようとする。例えば、彼らは外国人労働者の後始末を彼ら自身でつけれない。彼らは土着の日本人にやらせる。

にも関わらず、彼らは献金を政治家に送ってきた。企業にとって民主制度とは彼らの行為の責任と後始末を日本人に押し付けることである。民主制度とは奴隷や家畜制度と同じである。

上記の菊池誠は民主制度の欠陥を見抜いている。菊池は口を日本の政治に出したいが、彼はその行為の責任や後始末を彼ら自身でつけようとしない。

3 民主制度の下で責任の所在

押し付けた西側白人

 明治維新は実質的な政権転覆工作であった。その工作によって、民主制度が日本人に強制された。だから、明治維新の後の日本人の振る舞いの責任のすべては西側白人に存在する。ただし、薩摩や長州には、ある種の責任が生じる。

民主制度はシャリーア法に等しい。たとえアラブ人がシャリーア法を日本人に押し付けるとしても、君はその法の下で責任を取りたくないだろう。同様に、民主制度はシャリーア法と同じであるので、日本人を含む東洋人はその責任を取る必要がない。

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