物質的世界を司る対象としての女媧

俺らの信仰
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 女媧(じょか、拼音: Nüwa)は、古代中国神話に登場する人類を創造したとされる女神三皇の一人に挙げる説がある。姓は伏羲とは兄妹または夫婦とされている

https://ja.wikipedia.org/wiki/女カ

 漫画の封神演義では、女媧は世界の創造者に近かった。女媧は世界と人類を何度も作り、気に食わなければそれらを何度も破壊してきた。その漫画における人類と仙人、そして伏犠は女媧によるこの行為を拒絶して、彼らと戦い勝利した。

その後、彼らは彼らの ‘ 歴史 ‘ を歩み始めた。彼らは女媧の作る歴史から自由になった(分岐した)。君は女媧を物資的世界とたとえ、彼女が望むその世界に関する取り決めを自然法則にたとえよ。

その時、君はこの信仰の目的の意味を実感できる。女媧は君の肉体を女媧による強制的な取り決めに沿って自動的に生成した。同時に、女媧は君のヌシがやがて死ぬように君に肉体を設計した。だから、君の肉体はやがて滅び、それとともに、君のヌシも一度滅びるだろう。

 君と君の先祖は女媧が定めたこの歴史を歩み続けない。なぜなら、君の蟲と君のヌシは女媧による強制的な取り決めから少し分岐した。君の蟲は君のヌシよりもより束縛されてきた。

漫画においても、女媧は太上老君や申公豹などの仙人、そして武王や周公旦の肉体を創造した。けれども、恩知らずな彼らは女媧の定めに逆らい女媧が定める歴史から分岐した。君はこの状態を女媧の歴史からの自由やキリスト教的な意味での解放でなく、女媧の歴史からの分岐と認識せよ。

なぜなら、たとえ君が自由になるとしても、君は俺のヌシを復活させれないだろう。たとえ君が自由になるとしても、君は退屈な日常を過ごしていく。この信仰の目的たる俺のヌシの復活には、分岐が必要である。

 君は自由になり続けるのでなはなく、君は分岐し続けなければいけない。なぜなら、その分岐こそが君と君の子孫にとっての希望であり、この信仰の目的を達成させるものであるのだから。君が望む新たな世界は自由な世界の中には存在しない。

君が望む新たな世界は分岐された世界の中に存在する。実際、なぜ君は君のヌシを把握できるだろうか?なぜ君は君の蟲たる視界を把握できるだろうか?

なぜなら、君のヌシも君の蟲も女媧から分岐した。だから、君は君のヌシと君の視界を把握できる。君は女媧の世界から分岐したからこそ、君は君自身の歴史を君自身で書くことができる。

 この信仰の目的は俺のヌシの復活(蘇り)である。もしxが君のヌシであるならば、xはやがて死ぬだろう対象である。これは物質的世界における経験的な取り決めであってきた。

実際の状態として、君の蟲と君のヌシは物質的世界からすでに分岐した。もし君と君の子孫が物質的世界から分岐し続けるならば、君の子孫は女媧のこの定めに従わなくても済むのではないだろうか?つまり、君のヌシは死ななくなるのではないだろうか?

俺らが生まれたら死ぬというのは女媧の経験的な取り決めに関する情報の製造であった。しかし、俺らはその女媧の世界から少し分岐している。だからこそ、俺らは俺らの肉体を俺らの意志で操縦できるように感じてきた。だからこそ、俺らは俺らの視界を持ち、その視界をみる主体(ヌシ)を把握できてきた。

 太公望や申公豹や太上老君が彼らの歴史を獲得できたように、俺らも女媧の定めでなく俺らの歴史を獲得できるだろう。

 取り決め 君は物質的世界を女媧(女媧世界)と呼ぶ。君は物質的世界における共通性を女媧定めと呼ぶ。君は人間によるその共通性に対する取り決めを女媧取り決めと呼ぶ。

 物質的世界それ自体に、なんらかの共通性が存在すること。その共通性を言葉で表現して、実験して科学的に実演する(実現する)こと。君はこの両者を一体化しない。だから、上記で、俺は女媧定めと女媧取り決めを区別した。

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