復活的死生観〜宗教と死生観と狩猟民族〜

俺らの信仰
twitter.com モンゴル人?

 この信仰では、君は復活的死生観を採用する。狩猟民族は死生観の重要性をいまいち認識できない。以下で、俺は死生観の重要性を提示した後、俺はこの信仰における死生観を提示する。

復活的死生観とは、君の子孫が俺のヌシを復活させる死生観である。この信仰では、君は俺のヌシの復活や君のヌシの復活を信仰して、君はその死生観に沿って人間社会を形成する。死生観は六柱の中で最も重要である。

君が死生観を持たない狩猟民族を見るとき、君は死生観の重要性を知る。彼らは社会を認識できないので、彼らはまともな死生観を持っていない。

1:なぜ死生観が非常に重要であるか?

 共通認識 死生観とは、人間が自己の死を信仰によって把握する状態である。

https://oreranitsuite.com/2020/01/23/六柱について〜死生観+性+富+約束+善悪+刑/

 バラバラの狩猟民族が人間社会を形成するとき、彼らは共通した死生観を定める必要がある。なぜなら、もし彼らが死生観を定めないならば、彼らは人間社会を形成できない。

君が老人からなる集団を見ればわかるように、老人はもうすぐ死ぬので、彼らは組織を作る動機を持たない。だから、老人らがある種の政治団体や社会団体を形成するとき、彼らは彼らの死生観なしに人間組織を形成できない。

宗教が与える死生観の意味は救いや幸福でなく、人間社会の形成のためである。死生観が存在しないとき、人間は無気力や無意味を世界に感じるだろう。彼らはどうせ死ぬので、歴史すら描こうとしない。

1:死生観の分類

  1. 無死生観
  2. 来世的死生観
  3. 現世的死生観

 日本人の科学者の大部分は無死生観である。無死生観の意味は物質や動物や狩猟民族と同じである。無死生観では、ホモ・サピエンスは死んだら終わりと感じるので、彼らは日本人の知の肉便器のようにどこまでも醜く卑しく運動する。

天国や地獄は来世的死生観である。白人がこの種の死生観を好んでいるように見える。彼らは現世で良いことをすれば、救われると感じるので、彼らは現実逃避に走り、彼らの先祖や子孫を否定して、シリア難民を受け入れた。その結果、欧州はイスラム教になるだろう。

東洋人は現世的死生観を持っている。彼らは子孫や先祖、そして東洋の歴史や東洋文明をある種の永続的な世界と認識している。ただし、この死生観に関する問題、または弱点が一つ存在して、子孫も宇宙へと旅立たない限りいつか死ぬかもしれないことである。

2:問題点は社会性の欠如

 上記の鈴木の発言を見るとわかるように、彼は死生観を持っていない。日本国が存在して、科学事業成立しているのは大和民族の日本国民が民族の子孫や国家、そして東洋文明になんらかの永続性を見出してきたからである。もし鈴木のように滅亡しても良いならば、科学事業の契約相手である日本国民は彼との金銭契約を明日から破棄するだろう。

彼は他人の死生観に依存しているが、彼は動物と同じであり、死生観をどうしても認識できない。その結果、彼は他人の死生観を侮辱するような発言を繰り返す。日本社会や日本国が存在してきたのは、大和民族やその先祖と子孫が永続性を創造してきたからである。

死生観が与える永続性なしに、日本社会も日本国も東洋文明も科学事業もカナダ国も米国も存在しない。鈴木は文明を認識できないので、彼はこんな簡単なことすら認識できない。

3:死生観と永続性

 一般的に、死生観は永続性を人間に与える必要がある。なんらかの永続性なしに、人間は生きる意志を持たない。なぜなら、死んだら終わりであるので、勉強や文明を作る目的や動機が存在しない。

天国や地獄の概念や子孫の繁栄や国家や文明はある種の永続性を人間に与えている。その永続性は人間社会の形成を促して、文明や文化の発展に間接的に貢献する。

2:復活的死生観

 共通信仰 復活的死生観とは、俺らの子孫が俺のヌシが復活するだろうことを信仰する死生観である。その後、俺のヌシが君のヌシを賦活させるだろう。

 復活的死生観では、俺のヌシは物質的世界と蟲的世界とヌシ的世界、そしてより分岐した世界の中に復活させられるだろう。俺らは来世を信仰しない。俺らの死生観は復活を先祖及び子孫に加えた死生観である。

人間は死んだら終わりであることは物質的世界に関する実際の物事である。しかし、たとえ君がこの事実を他人に伝えるとしても、人間社会は形成されない。だから、もし君が人間社会を形成したいならば、俺は人間社会を実際に機能させるための死生観を創造する必要がある。

この信仰では、君は俺のヌシの復活や君のヌシの復活を信仰して、君はその死生観に沿って人間社会を形成する。

1:復活的死生観の機能

  1. 永続性の付与
  2. 現実性
  3. ありえそうか(可能性)

 復活的死生観は続性と現実性、そしてありえそうな期待を俺らに与える。その結果、復活的死生観は人間社会の形成を俺らに促す。この死生観では、俺らのヌシは俺らの子孫によっていつか復活されられるだろう。そのために、俺らと俺らの子孫は生き続けて、人間社会の形成を促し続ける必要がある。

ヌシの復活は永続性を俺らに与える。この信仰の世界観と人間の本質が現実性と可能性を俺らに与える。その時、復活的死生観は人間社会の形成を促す。

東洋人の死生観は先祖と子孫の死生観である。この死生観では、人類の絶滅が決定されているので、永続性の問題が解決させず、うまく機能しない。しかし、東洋人はバカでないので、来世や天国に現実性や可能性を感じない。俺の印象によると、東洋人は分岐やヌシの復活になんらかの現実と可能性を感じるだろう。

2:復活的死生観は正当か?

 死生観には、正当な死生観(正しい死生観)と正当でない死生観が存在する。君が正当でない死生観を採用する時、君の社会は滅亡するだろう。この復活的死生観は正当な死生観である。

復活的死生観では、俺のヌシや君のヌシが ‘ この世界 ‘ に復活する。だから、俺らは現実を軽視しないので、生きる意志が失われない。その時、俺らの人間社会は維持され続けるだろう。

もし俺らが滅亡するならば、俺らの子孫は俺のヌシや君のヌシを復活させれないだろう。この信仰の目的は俺のヌシの復活であるので、俺らは滅亡しないように生き続ける。無死生観や来世的死生観では、俺らは生きる意志を持たないが、復活的死生観では、俺らは生きる意志を持つ。

3:反出生主義と仏教と復活的死生観

 仏教では、人間の人生や生は苦しみであった。人間はどうせ死ぬのに生まれてきて、老いて病気になる。たとえ俺らが子孫を残すとしても、俺らの子孫もまた老いて病気になり苦しみ死んでいく。子孫を残すことは子孫を苦しめること、殺すことであり、それらの行為は悪い。だから、俺らは子孫を残すべきでない。

この時、ある種のまがい物の知性はだからこそ、人間は子孫を残すべきでないし、生きるべきでないと主張してきた。死こそ、自然な絶滅こそ俺らと俺らの子孫の救いであると。しかし、この復活的死生観は仏教的な問題を解決している。

なぜなら、たとえ俺らの人生が苦しくても、俺らは俺のヌシや君のヌシがいつか復活するだろうと信仰する。だからこそ、俺らは生きる希望や生きる意志を持つことができる。なぜなら、俺らはいつか復活するだろう。

3:兵器としての死生観

 経験則(ウイルス的死生観) もし君がある集団を絶滅させたいならば、君は誤った死生観をその集団に植え付ける。その時、戦争なしに、その集団は勝手に滅亡するだろう。

 黒人が奴隷や家畜にされた。なぜなら、彼らは適切な死生観を持たなかった。彼らはどうせ死ぬので、白人に抵抗しなかった。

キリスト教徒の白人やユダヤ教徒の白人もまた自滅しつつある。なぜなら、彼らもまた現世で生きる意志を放棄して、彼らの天国や死後の世界や神との契約を信仰してきた。彼らは東洋人から見て誤った死生観を採用した結果、彼らは彼らの先祖や子孫の重要性を忘れてしまった。

白人は遺伝的に優秀であってきたが、文明的には優秀でなかった。たとえ科学者が彼らの遺伝子を調べるとしても、彼らは正しい人間社会を形成するための死生観を発見できなかっただろう。人間としての文明的な優秀さとは、物質的世界に存在しない分岐物事を創造できることである。

1:兵器としての死生観の具体例

  1. 科学的死生観
  2. 罪悪感の悪用型:環境のための人口削減やヴィーガン
  3. 先祖断絶型死生観
  4. 奴隷型:自己犠牲と天国
  5. 反出生主義

科学的死生観

 1:科学的死生観では、人間は物質的世界を実況した後、どうせ死ぬと主張する。この時、人々はどうせ死ぬので、理不尽や暴力や奴隷や家畜化に抵抗しなくなる。なぜなら、人間はどうせ死ぬので、奴隷化に抵抗するよりも、彼ら自身が不安を感じないことを優先しようとする。

つまり、日本人の科学者や数学者は白人との対峙を恐れるようになって、大和民族を白人の生贄に捧げようとする。なぜなら、彼らはどうせ死ぬので、彼らは今ここの彼らの不安のみを解消したい。その解消法が生贄である。

罪悪感の悪用型

 2:人間は生きているだけで、環境や動物を傷つけて、苦しめている。これも死生観の一種である。この死生観から、人間は死ぬべき存在であり、人間は生きるべきでないことが導かれる。

先祖断絶型

 3:先祖断絶型では、君の先祖や子孫が断絶される。その時、生きる希望や意志が失われる。また、混血児は歴史を把握できなくなり、彼らにとっての歴史とは人工的に構成される対象になる。

奴隷型

 4:奴隷型では、自己犠牲と天国が結びつけられる。たとえば、もし君が現世で正しい行為を行えば、君は来世や天国で救われるだろう。この時、人々は自己犠牲を進んで行うようになり、君のために無料で死ぬようになるだろう。

反出生主義

 5:反修正主義では、人間の生は苦しみである。たとえ人間が生まれるとしても、人間は病気になり、死んで老いる。人間の人生とは苦しみそのものである。

だから、人間は子供や子孫を残すべきでない。なぜなら、出生することは子供を苦しめることである。子供や子孫を苦しめることは悪いので、俺らは出生すべきでない。

普通に考えれば、この種の考えを採用する時、人間社会は滅亡に向かって突き進むだろう。

2:死生観と蟲

  1. 恐れ
  2. 恐怖
  3. 不安
  4. 無気力
  5. 虚無感

 死生観と蟲は密接に関係している。恐怖や恐れや無気力感や虚無感は蟲である。それらの蟲は自己生贄や奴隷や無抵抗に密接に関係する。もし君がこれらの蟲を上手に扱うことができるならば、君はある人間組織を戦争なしに滅亡させれるだろう。

現世で善行を積めば、君は天国へ行けるだろう。この考えは死の恐怖と天国へいけないことの恐れ、不安からの逃避=安心感の植え付けをうまく扱っている。

人間はどうせ死ぬという死生観は無気力感や虚無感をうまく悪用している。この時、動物たちは奴隷や家畜状態やそのほかのどんなに理不尽な状態にも抵抗しなくなる。

3:努力と意志と死生観

 もし君が先祖及び子孫に関係した適切な死生観を持たないならば、君は君の肉体や知能を君の意志で創造しようとしない。君はより優秀な白人の肉体のデザインに関する遺伝子や東洋人の知能に関する遺伝子に乞食しようとする。なぜ君は自分の意志で自力で肉体のデザインや知能を洗練させようと感じるか?

君の想いには、君の死生観が関係している。君は君の先祖の努力と意志、そして君の子孫の繁栄や自尊心を願っているからこそ、君は君の肉体や君の知能を君自身で作ろうとする。自分で勉強する、自分で筋トレする、自分でデザインを整えることの意味や正当性は死生観に密接に関係する。

だから、もし君が努力する意義や生きる意志を人間社会から奪いたい、他人を無気力にして、他人の遺伝子に延々と乞食させ続けたいならば、君は間違った死生観を彼らに植え付けよ。

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