日本の大学研究業界と女性限定公募の差別違法性[Eichi Toyoizumi]〜なぜ女性研究者の割合は低いか〜

大和民族について
http://manato-kumagai.hatenablog.jp/entry/2018/01/19/172550

 国別男女格差ランキングなどが出ると、決まって日本は先進国の中でも最低クラスの順位を叩き出しています。実力主義であるはずの研究界も例にもれず、研究者の数は不自然なほどの男女差があるのです。前編では男女の格差がどの段階から生まれているのか、近年の傾向はどうなのかを見ていきたいと思います。後編では格差是正に何が必要なのか、女性限定公募は解決策となりうるのかを取り上げたいと思います。

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 俺が上記のブログを読んだ後、俺は日本人の研究者のダメっぷりを再確認した。彼らの問題点とは、契約の概念を認識できないことである。科学事業は支援でなく、公共事業の一種であり、その契約相手は日本国民である。

以下で、俺は日本国の学術業界における男女問題について語る。この場で、俺は日本の大学と研究所の全ては不良債権の害虫であり、損害を契約相手に与えてきたので、彼らは解雇され罰されるべきであると繰り返してきた。

女性限定公募には、契約の問題点(社会性の欠如に伴う問題)と文明的な問題点(別名白人コンプレックス)、そして公平的な問題点が存在する。俺は契約相手として男女平等でなく、男女公平及び男女自立を支持する。

1:契約の問題点

 日本人の科学者は「日本の科学」という単語を使用してきた。俺はこの単語を非常に嫌う。この単語の意味とは、日本人が彼らのお金を大栗にプレゼントして、大栗は研究して、白人によって認めてもらうことである。「日本の科学」という単語の不愉快さとは、契約相手を一切見ていないことである。

http://oreranitsuite.com/2019/12/29/天才物理学者大栗博司(ノーベル紫綬褒章)は科/

 俺が上記のブログを読んだ後、強烈な怒りと不快感を覚えて、俺は日本人の研究者と学者は契約の概念を認識できないと審判した。日本人の知の肉便器は白人の方向を向いて研究している。彼らは日本の科学という単語を頻繁に使用するが、日本国における科学事業の契約相手は日本国民であり、白人でない

1:上記のブログの問題点〜契約と善悪の判断の欠如〜

 下記のブログの文章を見よう。日本人の大学教員は事実を延々と述べた後、何かを匂わす。しかし、彼らは何を言いたいのかをはっきりと表現できない。

もし君が社会性を持つならば、君は下記の文章を読んだ後、君はそんなんじゃ公共事業に関する契約は成立しないと予想するだろう。しかし、日本人の研究者は未開の猿であるので、それを認識できない。

昨今の政府・大学の取り組みの影響もあってか、新規大学教員採用者の女性割合は34.5%と大学院進学者の女性割合を上回っています。女性研究者全体の割合である15.3%とかなりギャップがあるように感じるのは、昔の割合がもっと悪かった時代に採用されている研究者群を含むのと、日本では企業研究者の女性割合が非常に低いからです。大学進学者の割合と比較するには新規採用者の割合を考えるのが妥当だと思われるので、図1ではこちらを表記しました。*3

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 俺が上記の文を読んだ後、善悪の判断がこの文章には存在しないと感じる。女性研究者の採用がまるで自然現象のように語られる。そして、彼らは善悪の判断なしに、それは自然であると言いたげである。

結果平等の精神に基づいて、女性が意図的に採用されて、損害を契約相手に与えている。しかし、上記の人間はまるでそれを自然現象のように語る。なぜか女性が自然に採用されて、女性の割合が自然に上昇して、めでたし。めでたし。

 研究職に採用される割合が博士課程の学生の割合と同程度の3割ですから、普通に行けば教授の女性割合も3割となるはずです。しかし教授の女性割合は自然科学全体でも21.5%、理学系・工学系に至っては6%以下と、明らかに助教や講師として採用された後の昇進に男女に偏りがあることがわかります。*10

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 上記も意味不明である。普通に行けば、教授の女性割合も3割となるはずである。昇進に男女の偏りがある。もしこの文が認められるならば、女性を黒人やインド人に置き換えれば良い。100m競技の参加者におけるアジア人の割合は3割であったので、金銀銅の一人は自動的にアジア人であると言ってるようなものである。

繰り返すが、上記の人間は善悪の判断を下せない。彼らは状況を延々に実況して、聞き手に共感してほしいだけに見える。契約相手が聞きたいのは、女性の割合が低いことは良いのか、悪いのか、男女に偏りがあることは良いのか悪いのか?である。

男性の方が優秀でありそれが公平の結果であるならば、男女に偏りがあって当然である。研究職に採用される割合が博士課程の学生の割合と同程度の3割ですから、普通に行けば教授の女性割合も3割となるはずです。この表現は公平な評価を下すことを放棄した発言である。女性研究者は単なる乞食と変わらない。

 文部科学省の学校基本調査を基にしたデータによれば、大学教員の女性割合は平成18年度の17.8%から平成28年度の23.7%にかけて上昇傾向にあります。それ以前のデータから見ても一貫して上昇傾向が見られます。教授職の割合も上昇傾向にありますが、学長・副学長等の役職、特に学長の女性割合は停滞しているようです。

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 上記の発言も異常であるが、周りの人間が異常であるので、誰もその異常性に気づかない。女性の研究者や学長は公平な評価の結果の産物である。上記の人間は公平な評価なしに、女性学長を無理やり増やそうとしているように思える。

女性学長の数が公平性の産物であるならば、契約相手はその数の増加を望まない。

 平成30年度の新規採用教員の女性割合34.5%は女性限定公募によるところも大きいでしょう。近年の女性教員割合も一貫して上昇傾向にあります。ただ、女性を採用しているのだから女性割合は上昇して当然でもあるでしょう。最終的には女性限定公募に頼らなくて済むようなシステムが必要ですから、評価すべきは女性限定公募がなくなっても女性割合が減退しないような土台づくりなわけです。そのためにはアカデミアが女性に取って魅力的な職場であることと、理系女子学生の割合増加が必要です。次章では女性割合が劇的に改善されたMITの事例と日本の大学の取り組みを見てみたいと思います。

https://neurohedgehog.hatenablog.com/entry/jp/women-academia-2#はりねずみ的にまとめると

 筆者は ‘ 必要 ‘ という単語を使用したが、この単語も契約相手をイラつかせる。彼は自分のことや自分の業界のことしか考えていないので、自分たちが必要であるか、自分たちが白人にどう見られるかしか考えていない。

彼は必要という単語を使用したが、契約相手たる日本人の日本国民は筆者も学者も研究所も必要としていない。人々は彼らは今すぐに死んでほしいと強く願ってきた。彼らは借りてきたお金を返してほしいと願ってきた。

まら、上記の「そのためにはアカデミアが女性に取って魅力的な職場であることと、理系女子学生の割合増加が必要です。」という表現は俺にとって不愉快である。筆者は契約相手のお金を盗んで、女性をエスコートしてモテたいように見える。契約相手にとって、女性研究者は研究業界という試合の ‘ 選手 ‘ であり、エスコートされる対象でない。

 女性研究者は彼女ら自身で組織を作るべきである。女性研究者は男性研究者が女性が働きやすい社会を作ってくれると期待している。

2:大学での俺の経験

 俺が愚かな女性研究者を見た後、俺は男女平等に反対するようになった。統計の授業で、女性研究者は彼女自身が何を話しているのかを一切理解していなかった。彼女は正規分布に関して質問される(例えば、なぜ二乗なのか?とか)と、ぶりっ子して笑ってごまかして、息子の年齢の学生たちにこう返答した。

 先生〜、わかんなあ〜い(❤️)

俺の両親はこんな雌豚のために俺らのために授業料を支払ってきたわけでない。女性研究者の大部分は彼女自身が何を話しているかを一切理解していない。しかし、彼女らは契約の概念を認識できないので、学生を契約相手でなく、部下や家来や息子や娘か何かであると誤認してきたように思える。

俺が食料を購入するために、お金を商店で支払ったのに、まともな商品がでてこなかったら、最悪訴えられるだろう。しかし、大学は不良債権の害虫であるので、彼らはきちんとした契約すら認識できない。彼らはうんこを垂れ流しながしながら、男女平等について語っている。

3:契約相手に対する損害は?〜公共事業は支援でない〜

 科学事業は公共事業である。もし損害が契約相手に与えられるならば、その事業は廃止されるべきである。しかし、日本人の知の肉便器は契約や公共事業を認識できないので、彼らは独りよがりで契約相手を無視した発言を繰り返してきた。

彼らは公共事業を社会支援や福祉か何かであると誤認してきた。彼らは人間でなく、動物や家畜や池の鯉と同じである。だから、彼らは男女平等を契約相手を無視して、推進しようとしてきた。

 女性に限定して教員を採用するというのは一見すると差別で、男女雇用機会均等法第5条の性別による差別の禁止に違反するようにも取れますが、同法第8条で「事実上生じている男女の格差」がある場合には例外的に女性優先採用が認められています。厚生労働省からは女性割合が4割以下なら格差が存在するという認識が通達されているようです。*1 

しかし違法・違憲スレスレの制度であることに変わりはなく、合法である国がある一方、同等の能力が認められた場合のみ女性優先が発動するイギリスやドイツ、一切禁止のアメリカなど女性限定公募の許されていない国もあります

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 上記の話し方も意味不明である。筆者は彼自身の善悪の判断を白人が決めたルールに服従している。俺が聞きたいのは、筆者にとって女性限定公募は良いのか悪いのか、違和感を覚えるか、変かおかしいかどうかである。彼は他人の法律を引用して、納得して、将来的な責任を回避するアリバイ工作をしているように見える。

筆者は「同法第8条で「事実上生じている男女の格差」がある場合には例外的に女性優先採用が認められています。」と引用したが、彼はそれがレッド・カードであると判断できないのか?俺はその法律はレッド・カードであると判断した。上記の人間は法律が言ってるだから、しょうがない、仕方がないと言っているようなものである。

 女性限定公募は継続するのが良いと思いますが、現状で博士課程の女性割合と採用教員の女性割合は同程度ですから、女性限定公募はこのバランスを多少はみ出るくらいの範囲で行われるべきでしょう。それよりも問題なのは前編で取り上げた通り、現在男女差の最も出る採用後の昇進です。追跡調査によれば国立大学ではわずか32.8%しか昇任に際して積極的是正措置を取っていないので女性限定昇進を推進する必要があるでしょう。

さらには男女共同参画に関して強力なリーダーシップを発揮する人に権力・権限を与える必要もあると思います。MITにしろ、大阪大学・九州大学にしろ、リーダーシップの取れる人、トップで権限を持つ人が改革に前向きな大学は様々な改革を大規模で行うのに成功しています。女性のリーダーシップ人材を育成すると同時に、権限を持つ人を男女共同参画に協力するよう指導することが必要でしょう。

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 上記でも、筆者は現在の状況をまるで天気予報のように語る。筆者は善悪の判断を一切明らかにしないが、 ‘ べき ‘ や ‘ 必要 ‘ という独りよがりな意見を契約相手に強制してきた。上記のやってることは、女性の乞食を推進しているだけである。

女性は社会的な地位や指導者を単なるおこぼれやご褒美と勘違いしているように見える。俺が筆者の話を見た後、女性はボケ老人か何かであると感じた。日本国における大学は女性専用の知のキャバクラである。

上記で、筆者は権限を与えるや人材を育成するや昇進を推進するという表現を使用してきた。しかし、誰が権限を与えるのか、誰が人材を育成するか、誰が昇進するのか?俺の印象によると、男性が権限を女性に与えて、男性は女性のリーダーを育成して、男性が女性の昇進を促す。

2:文明的な問題点〜白人コンプ〜

 日本における女性研究者の割合は平成28年度で15.3%と、年々やや増加傾向にあるもののイギリスの37.4%やアメリカの34.3%と比べるとかなり少なめです。最終的に研究者となる人の割合は少ないということですが、その差はいつ生まれているのでしょうか?

まず参考にしてみたいのはMITの事例です。今でこそ理学部課程で女子生徒の方が多く、女性教員の数も非常に増えたMITですが、昔はそうではありませんでした。1900年代後半ではMITの女性教員の割合は理学系で5%以下、全教員でも10%以下と非常に低迷していました。現在の日本の国立大学の理学部教授の女性割合は6%程度ですからそれより悪かったわけです。Nancy Hopkins教授の声かけから1994年に対策が始まり、10年間で理系学部の女性教員数は倍増し、全体の女性教員割合は23%まで上昇しました

MITは女性限定公募というシステムを採用することなく、女性教員割合を大幅に改善させたわけです。*2 これらの取り組みが行われていないのに、女性限定公募というある種の「約束された強制改善」に走っているとするならそれは大学側の努力不足と言えるのではないでしょうか。では日本の大学ではどのような取り組みが行われているのかをみていきましょう。

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 日本人の学者は白人コンプであるので、彼らは白人の意見を延々と引用してきた。日本人の学者は文明を認識できないので、男女平等に関するこの種の愚かな比較を繰り返してきた。非キリスト教圏では、男女平等を推進する必要はないが、彼らは宗教や文明を認識できないので、ばかな行為を繰り返してきた。

1:男女平等はキリスト教

 筆者はイギリスやアメリカを引用して、男女平等について比較してきた。しかし、この比較は間違いである。イギリスやアメリカはキリスト教の国家であり。キリスト教という宗教では、男女平等が真理である。

それに対して、非キリスト教国家では、男女平等は必ずしも真理でない。筆者は宗教の意味を認識できないので、愚かな比較を繰り返してきた。

2:女性と黒人に対する慈悲

 白人は女性と黒人を優先的に採用してきた。この行為もまたキリスト教的である。この行為の意味は慈悲である。

女性や黒人は白人よりも劣等である。だから、より優れた白人男性は慈悲を上から目線で授けたい。だから、白人男性は女性や黒人を優先的に採用してきた。

3:キリシタン大名化する学者と研究者

 筆者の宗教がキリスト教であるかは不明である。しかし、彼は実質的にキリスト教的である。なぜなら、彼は男女平等に賛成している。

無宗教の東洋人は男女平等でなく、男女公平に賛成する。

3:公平的な問題点

 男女平等の問題は公平でないことである。日本人はキリスト教徒でないので、平等に賛成しない。男女の数が平等であるとき、損害が契約相手に与えられるだろう。

1:女性は自分で組織を作れ!

 男性がピラミッドを作り、それを維持する。そのあと、女性がそこに入ってきて、男女平等と喚く。自分の要求が通過しないとき、彼女らは差別と喚く。

しかし、女性はピラミッドを作らないし、それを維持する能力も管理する能力も持たない。これは明確な不公平である。この不公平性は奴隷や家畜の不公平性である。

王様はピラミッドを奴隷に製造させるが、彼らは彼ら自身でピラミッドを作ろうとしない。男性は女性のためのトイレを作って、女性をそこに招き入れる必要はない。

2:日本の大学組織は中東の笛と同じである

 日本の大学組織は中東の笛と同じである。彼らは好き嫌いか、アラブの王様を怒らせないように笛を吹き、レッド・カードを出す。重要なことは試合における公平性である。

上記の筆者もまた白人の機嫌を損ねないように、大和民族のお金を使用しているように見える。彼らは大和民族を生贄に捧げているが、彼らはその事実すら認識できない。日本人の研究者は狩猟民族と同じであり、社会性を持たない。

俺の印象によると、社会性を持たない人間であればあるほど、彼らは公平性を認識できない。女が公平でないのは、社会性の欠如の結果である。

3:大局的な自立の欠如

 女性は大局的に自立していない。この状態はボケ老人や介護老人と同じである。もし彼らが家庭の主導権や平等な権利を持つならば、その家庭は崩壊するだろう。

女はボケ老人や介護老人と同じである。もし違うならば、彼女らは自分の組織を自分で作らせれば良い。

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