弘中惇一郎弁護士と東京地検による事務所家宅捜索[協力者マイケルとピーター・テイラー6回面会]

大和民族について
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202001040000372.html

 レバノンに逃亡し、不法出国の疑いで逮捕状が出たカルロス・ゴーン容疑者が、協力者の男と弘中惇一郎弁護士の事務所などで、逃亡前に6回面会していたことを東京地検が明らかにしました。

 面会していたとされるのは、犯人隠避などの疑いで逮捕状が出ているアメリカ国籍のピーター・テイラー容疑者(26)で、去年7月以降、事務所で4回、その他でも2回、ゴーン容疑者と会っていたということです。

29日の弘中事務所の捜索で押収された面会簿にも名前が記されていて、東京地検は、ゴーン容疑者が以前から逃亡の相談をしていたとみています。

https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3892883.html

 産自動車前会長、カルロス・ゴーン被告(65)が保釈中にレバノンに逃亡した事件の関係先として、東京地検は29日、弁護人を務めていた弘中惇一郎弁護士の東京都千代田区の事務所を入管難民法違反(不法出国)容疑で家宅捜索した。

https://www.sankei.com/affairs/news/200129/afr2001290007-n1.html

 日本人の大部分は弘中惇一郎(マイケル・テイラーも)がゴーン逃亡に関与したと勘ぐってきた。だから、東京地検は家宅捜査したように思える。しかし、俺はゴーン逃亡の問題は弘中惇一郎のみの責任でなく、法制度(数学的構造に対応)と弁護士という要素(要素)に存在するように思える。

1:弁護士(要素)の問題

1:誰の味方であるか?

 俺が弘中惇一郎を見るとき、俺は弘中惇一郎は大和民族の日本国民の味方であるのかと勘ぐる。弘中惇一郎は大和民族に依存してるので、彼は大和民族を助けなくて良いと思っているように見える。しかし、民族や人種は遺伝的な試合における同じチームメイトであるので、もし弘中惇一郎が損害を大和民族に与えるならば、彼らは弘中惇一郎を必要としない。

弘中惇一郎は大和民族に依存しつつ、外国人を助けて、感謝されたい。それによって、生じる不利益や負担は大和民族に押し付けたい。その押し付けは損害を大和民族に与えているが、同じ民族なので、許して欲しい。

弘中惇一郎はこのように感じているように見える。なぜなら、もし弘中惇一郎が米国民や中国国民やドイツ国民であるならば、弘中惇一郎は同じ行為を取らなかっただろう。なぜなら、弘中惇一郎は異民族や異人種をおこらすことを恐れてきた。

2:馴れ合いと先生呼ばわり

 日本人の弁護士は弘中惇一郎を擁護しすぎである。弁護士は公平を認識できない。だから、日本人の弁護士は中東の笛のような身内擁護行為を繰り返す。

また、俺が弘中惇一郎が先生と呼ばれるのを見るとき、俺は強烈な違和感を覚える。弁護士は職業であり、身分でない。

3:社会性の欠如〜公平性と契約〜

 日本人の弁護士は社会性を認識できない。社会性は公平性や義務や契約を彼らに与える。しかし、彼らは社会を認識できない結果、彼らは公平性や職業義務、そして、契約を認識できない。

誰が弁護士を必要としているのか?弁護士は身分であるか?なぜ弁護士は先生と呼ばれて、国民に説教するのか、、、。医者という職業が存在するのは、患者が存在するから。研究者が存在するのは、国民が存在するから。

では、なぜ弁護士は存在するか?俺が日本の法制度ばかりを批判する弁護士を見るとき、俺は弁護士という職業を欲していないと審判した。彼らは誰の方向を見て、職業義務を果たしているかすら認識できないように見える。

2:制度やシステム(数学的構造)の問題

 日本人の弁護士の問題は要素の問題だけでない。システムの問題も存在する。この問題は学問の自由や報道の自由にも応用される。

1:政府や国家に依存しているのに、権力と戦う?

 日本人の弁護士は権力と戦ってきた。しかし、弁護士資格や弁護士という存在は政府や国家や大和民族の日本国民に依存してきた。弁護士に対する俺の違和感は権力の依存者が権力と戦っていることである。

この様子はまるで両親に依存した無職やガキや介護老人が両親に楯突いているようなものである。日本人の弁護士は免許的にも能力的にも日本政府や日本国、そして大和民族から自立できない。彼らは日本政府に依存して、何かあれば助けを要求してきた。

にも関わらず、彼らは権力と戦っている。これは非常に幼稚で喜劇的であるだろう。無職のおっさんやおばさんが彼らの両親と人権を掲げて真剣に戦っているようなものである。

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