はあちゅうの血液クレンジングと偽医療と疑似科学に対する批判の問題

大和民族
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 はあちゅうは血液クレジングを宣伝して、批判された。菊池誠のような自称科学者を始めとするドイツ人みたいな連中は ‘ はあちゅう ‘ をドイツ人みたいに糾弾しようとした。俺が彼らの行為を見るとき、俺は偽医療や疑似科学に対する活動はうまくいかないと審判した。

偽医療や疑似科学の問題は社会問題であり、科学や医学の問題でない。だから、たとえ科学者や医者がはあちゅうを批判するとしても、血液クレジングの問題は解決しない。俺が菊池誠のような人間を見るとき、彼らは問題を解決するのでなく、糾弾を楽しんでいるように見える。

偽医療や疑似科学に対する批判の気持ち悪さは5chの動物嫌い版や動物虐待に対する気持ち悪さを覚える。彼らは問題を解決するのでなく、他人を科学や数学で叩きたいだけである。

白人様
白人様

 疑似科学や偽医療を叩けば叩けほど、それらは繁栄する。

1:制度設計の不足

1:制度を設計せよ

 糾弾者はなぜか制度を設計しない。彼らは真理を主張して、同意や共感をえて終わる。よくて、報道関係者に報道してもらって、彼らは満足する。

彼らは偽医療に関する制度を設計しようとしない ‘ 〜すべき ‘ と言って終わってしまう。大和民族の人口は一億二千万人であるので、おかしな人間は常に生じる。

糾弾者はその種の人間をモグラ叩きのように糾弾するのではなく、彼らを家畜として統治する方法を考えよ。

2:支配欲と性欲

 菊池誠のような批判者ははあちゅうを糾弾してきた。彼の行為に対して、俺は彼は糾弾して他人を彼の想い通りにしたいだけであると審判した。菊池はマスコミを権力者であると批判してきた。

しかし、彼は報道の自由に関する制度を設計しようとしてこなかった。なぜなら、彼はマスコミの連中に彼の言うことを聞いて欲しいだけである。彼はマスコミを彼の想い通りに動かしたいだけである。だからこそ、彼は制度設計に無頓着であった。

偽医療の問題もそうである。彼らははあちゅうを彼らの想い通りに動かしたいだけである。もし彼らがこの問題を本当に解決したいならば、彼らは適切な制度を設計すべきである。

2:糾弾者は勉強不足〜正しい医療とキリスト教〜

1:宗教と医療の関係

 偽医療の問題はもはや科学でなく、社会問題や宗教の問題である。一般的に、宗教は ‘ 正しい医療 ‘ を独占してきた。ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も仏教もヒンドゥー教も、そして神道すら医療に関係してきた。

もし糾弾者が血液クレジングの問題に関係するならば、彼らは医療と宗教の問題に関する知識をつけるべきである。彼らは ‘ 正しい医療 ‘ に対して無頓着である。何が正しい医療であるか、何が正当な医療行為であるか?これは科学の問題でなく、宗教に関係した問題である。

2:真理とは何か?〜正しい医療と真理〜

 物質的世界には、善悪の判断は存在しない。だから、科学者は男女平等と男女公平のどちらが正しいか、真理であるか、正当であるかを審判できない。物質的体系からは善悪の判断はみちびかれない。だから、善悪の判断の正当性を巡って、宗教問題が生じてきた。

そして、正当な判断が ‘ 真理 ‘ と呼ばれてきた。正しい医療や正当な医療は、男女平等と男女公平のどちらが正しいか、正当であるか、真理であるかに関係する。キリスト教では、神の下では皆平等であるので、男女平等が真理である。しかし、東洋人はキリスト教徒でないので、男女公平を経験や歴史から選択する。

男女平等に正当性を与えているのは、キリスト教の神、つまり世界の創造主である。神がこの世界を創造したので、その創造主の言葉、男女平等は真理である。彼らはこう考える。

 では、正しい医療行為とは何であるか?

 上記の答えは物質的世界には存在しない。行為の正当性は物質を調べてもわからない。糾弾者は血液クレジングを批判するのでなく、彼らは正しい医療行為を提示する必要がある。彼らは正当性を医療行為に与えなければいけない。

男女平等はキリスト教の神が与えた。では、何が正しい医療行為を与えるか。医療行為の正当性はどこに存在するか?

3:批判者の社会性の欠如

1:人間社会は約束で動く

 人間社会は糾弾者の真理でなく、約束や共通認識で動く。だから、彼らは契約や約束を設計せよ。糾弾者は社会性を持っていないので、彼らは彼らの真理で他人を動かせると錯覚する。彼らは、もし動かないならば、日本人は真理に対する愛を持っていないと感じる。

2:人間組織や社会を作れない批判者〜喚く立ちんぼ〜

 菊池は疑似科学を批判してきた。しかし、彼の行為は組織的行為でない。彼はおそらく人間組織を作れない。なぜなら、彼らは社会を認識できない。

菊池が狩猟民族状態である一方、血液クレジングの賛成者は組織的に動く。菊池は絶対に勝てない。

一般的に、バラバラの狩猟民族が人間社会を形成するとき、死生観や性規範やお金に関する規範や善悪の判断や刑罰を作る必要がある。しかし、糾弾者は社会が何かを認識できないので、彼らはいつまでもバラバラに動く。その結果、彼らは疑似科学に勝てない。

 菊池のやってることはサッカーの授業中に立ちんぼするキモオタと同じである。菊池は人間社会という試合を作れない。彼らはゴールポストの横に立って、わめいてるだけである。

試合を作れる疑似科学者が勝利するのは当然である。