バイバイ、ヴァンプ! の吉本暁弘と松岡宗嗣のLGBT運動

大和民族
https://news.nicovideo.jp/watch/nw6632420

 共通認識 羊行為とは、ある動物xが異なる動物yの群れに入った後、その動物xが自己を動物yと誤認識して、動物yのように振る舞う行為である。

https://oreranitsuite.com/2020/01/02/なぜ白人と交際・結婚した日本人女性は高慢で偉/

 これは「https://oreranitsuite.com/2020/02/18/バイバイ、ヴァンプは同性愛蔑視差別か〜表現の/」の続きである。

 俺が松岡宗嗣の発言を見る時、彼の視点がなぜか白人視点で、白人の視点の歴史を語っていることに違和感を覚える。彼は大和民族を白人の過去の行為に関して差別と侮辱中傷してきた。この行為は俺が白人を同和差別主義者と糾弾する行為に等しい。

大和民族の政治活動の大部分は視点が狂っていて、なぜか白人視点である。俺の憶測によると、松岡宗嗣はキリスト教徒であるので、この種の政治活動を好んできた。彼は左翼でなく、キリシタン大名に近い。それに加えて、上記の羊行為が重なり、非常に奇妙で笑える政治活動が展開される。

Pet the lamb that thinks it's a dog!

松岡宗嗣の行為を見る時、俺は上記の羊の行為を思い浮かべる。上記の羊の行為はなぜか犬の視点であり、犬のように振舞っている。しかし、この羊はその事実を認識できないので、撮影者が羊を笑って見ている。松岡宗嗣はこの羊に似ていて、彼の視点はなぜか白人視点であるので、喜劇的でかつ対応できない。

1:松岡宗嗣の発言行為

松岡:私も同性愛者の1人として映画を拝見したが、予告編くらいひどい作品だったと感じているし、傷ついたし、憤りを覚えた

3つ目が、「愛は自由だ」と言いながらも、同性愛に対するこれまでの偏見を助長するだけであるという点だ。

2つ目については、例えば同性愛ではなく、人種や障害といった他のマイノリティだったらどう思うかと考えると、明らかに差別的で、成立するとは考えられない。

松岡:結局は同性愛者たちを劣位に置いて笑いものにする差別的な文化、雰囲気が日本にはある

松岡:やはり作品全体が差別的だと言わざるを得ない。

そうやってマジョリティ側がマイノリティの側を踏みつけて面白おかしく笑っているという映像が良い作品だと思っているということで間違いないか。

松岡:やはりそこに差別の本質があると思う。結局、笑いにしてマイノリティを貶め、そういった属性を気持ち悪いなどと言ってきたから差別が再生産されてきた。

https://news.nicovideo.jp/watch/nw6632420

1:反論されると、なぜか白人視点の歴史を披露する

 上記では、松岡宗嗣とプロデューサー吉本の発言が見られる。俺が松岡宗嗣の発言を見る時、松岡宗嗣は白人の視点やキリスト教徒の視点で同性愛を語っているように見える。もし松岡宗嗣がこの映画を批判したいならば、日本国や東洋文明における同性愛に言及した後、この映画を批判すべきである。

同性愛に対するこれまでの偏見」や「同性愛者たちを劣位に置いて笑いものにする差別的な文化、雰囲気が日本にはある。」や「差別が再生産されてきた。」が日本国における歴史や東洋文明における歴史とどう関係するのか、俺は理解できない。松岡宗嗣は大和民族や大和民族を含む東洋小人種がキリスト教徒でないので、同性愛を罪と定義してこなかったことすら理解できないように見える。

単純に、松岡宗嗣の話は白人崇拝的であり、聞く価値は存在しない。また、松岡宗嗣は日本国と西洋文明や日本人と白人を比較するが、この比較は適切でない。同性愛に関する話では、東洋文明と西洋文明や東洋人と白人を比較せよ。

2:イスラム教と対峙できない〜大げさで不公平

 松岡宗嗣はイスラム教徒の人間と対峙できない。日本人の左翼と呼ばれる人間の大部分は白人やアラブ人や朝鮮人や大陸東洋人との対外的な意思疎通の全てを普通の日本人?にやってもらってきた。だから、たとえ松岡宗嗣が同性愛の権利を叫ぶとしても、その行為はニートのおっさんが家庭で家庭の主導権を両親から奪おうとしているようなものである。

中東では、同性愛だけで鞭打ちされたり、死刑になったりする。にも関わらず、松岡宗嗣はくだらない映画にいちゃもんをつけているだけである。松岡宗嗣の行為や審判は不公平である。だからこそ、松岡宗嗣の行為は単なるヒステリで大げさに見える。

松岡宗嗣は差別やマイノリティというくだらない単語を使用した。松岡宗嗣はイスラム教徒のアラブ人にビビって何も言えないくせに、大和民族に甘えて依存して、好戦的に振舞ってきた。なぜなら、松岡宗嗣は大和民族を侮辱しても殺されない、鞭打ちされないと甘えきっている。

2:松岡宗嗣の本音と悪意〜差別と罪悪感〜

1:白人コンプ〜政治はキャバクラでない〜

 松岡宗嗣は彼自身を醜いモンゴロイド人と感じてきた。だから、彼は白人視点の政治活動を通じて、大和民族から愛情と承認を感じたいと企んできた。日本人は松岡宗嗣の本音を見透かしているので、彼らは松岡宗嗣に幻滅する。松岡宗嗣は白人コンプであるが、この種の日本人の数は少なくない。

西洋社会における同性愛運動の正当性はキリスト教やユダヤ教の神によって正当化されてきた。たとえ松岡宗嗣がこの種の運動を日本国に持ち込むとしても、成功しない。なぜなら、運動の正当性が存在しない。

運動の正当性が存在しないので、松岡宗嗣の政治行為は他人から愛情と安心と承認を調達するキャバクラになってきた。松岡宗嗣はLGBT運動の正当性を提示できない。白人と東洋人では、歴史も宗教も異なるので、LGBT運動の正当性を提示することはほぼ不可能である。しかし、松岡宗嗣はこんなことすら理解できない。

白人様
白人様

 肉体のデザインの劣等さは家や車のデザインの劣等さに等しい。松岡宗嗣に必要なのは彼らの肉体のデザインを洗練させることであり、政治活動から愛情を確認することでない。

2:カルト的な洗脳〜他人を差別で加害者に仕立て上げる

 松岡宗嗣は他人を支配したて服従させたいカルト宗教家に近いように見える。彼は彼自身を被害者の立場におき、大和民族を常に加害者の立場に置き、他人の善意を悪用して、罪悪感を植え付けて支配しようとする。東洋文明では、この種の行為は非礼や無礼である

実際、松岡宗嗣は大和民族に依存して、負担を彼らに与えてきた。にも関わらず、彼らは負担に対する損害も賠償のしてこなかった。松岡宗嗣は被害者でなく加害者である。

松岡宗嗣は差別やマイノリティという単語を悪用している。単なる依存者が依存先の人間を加害者や悪者に仕立て上げている。これは明確な侮辱であり、俺らに対する損害行為である。ニートのおっさんやおばさんが家庭内で無職のマイノリティ、彼らの両親は労働者であるので、マジョリティ。彼らは罪人である。俺に従えと言っているようなものである。

3:解決案

 まず前提として同性愛は異常。だってそれを正常だというなら同性愛者だけの社会が成り立つということになる。しかし、当然ながら同性愛から子は生まれず、社会として滅びるしかない。生物としてそれが正常であるはずがない。同性愛者たちは、正常な人がつくってきた社会に依存しているだけだ。存在を認めてもらいたければ、もっと謙虚になれ。

https://news.nicovideo.jp/watch/nw6632420

 松岡宗嗣は白人でなく東洋人である。だから、彼はそのほかの日本人や朝鮮人や大陸東洋人と同様に、西洋的なロゴスが通じない人間である。以下で、俺は東洋地域における同性愛の問題を解決しよう。

1:大局的な自立は?

 同性愛者は大局的に自立できない。だから、松岡宗嗣は負担を異性愛者に与えている。松岡宗嗣は負担に対する損害を異性愛者に賠償すべきである。

松岡宗嗣は被害者でなく加害者である。だから、松岡宗嗣は異性愛者を悪者や海外者に仕立て上げるべきでない。上記でも指摘されたが、松岡宗嗣は異性愛者に依存している。

大局的に自立できないことは誰かに負担を与えていることである。しかし、松岡宗嗣はそれすら理解できない。さらに悪いことに、彼は被害者ぶり、日本社会に八つ当たりしている。

2:差別と損害

 松岡宗嗣は差別という単語を使用したが、この単語は魔女や悪魔と同じである。悪魔や魔女は損害を他人に与えたのか?差別は他者に対する損害であり、賠償の対象であるか?俺はそう思わない。

3:歴史的な正当性が存在するか?

 松岡宗嗣の活動は失敗するのは歴史的な正当性が存在しない。松岡宗嗣は勉強不足である。日本国における同性愛の歴史や東洋文明における同性愛の歴史を調査した後、彼は活動に従事すべきである。

端的にいって、松岡宗嗣の活動は程度が低い。松岡宗嗣の活動は東洋文明における正当性が存在しない。東洋文明はキリスト教文明でない。松岡宗嗣はこんな簡単なことすら理解できないだろう。

4:白人視点の防止

 松岡宗嗣は白人視点で物事を語ることをやめるべきである。俺らは白人でないし、キリスト教徒でない。だから、たとえ松岡宗嗣が白人視点で語るとしても、俺らは松岡宗嗣の発言に応答できない。だから、なに?以外に答えようがない。

おまけ:広告〜映画GONIN~

GONIN(予告)

GONIN』(ゴニン)は、1995年に公開されたぶんか社製作、石井隆監督によるスタイリッシュバイオレンスアクション映画作品。 当初の公開は8月中旬を予定していたが、内容的に重いので夏場の番組としてふさわしくないという具申があり、9月公開の運びとなった。また当初はR-15指定作品としてチラシやポスターで告知されていたが、再編集によりR指定から一般作品へと変更になった。

借金まみれのディスコ・バーズのオーナー・万代、男性相手のコールボーイ・三屋、元刑事・氷頭、リストラされたサラリーマン・荻原、パンチドランカーの元ボクサー・ジミー。社会から弾き出された5人は大胆にも暴力団・大越組の事務所から大金を強奪する計画を企て、辛くも成功する。

https://ja.wikipedia.org/wiki/GONIN

 ヤクザ映画「GONIN」はここから

 俺の好きなヤクザ映画の一つである。日本国における同性愛に対する態度はGONINのような態度である。主演している俳優も良い雰囲気を出している。

この映画はバブル期の日本とヤクザと東洋における同性愛を描いている。俺は松岡宗嗣の白人崇拝的な態度を軽蔑するが、ヤクザ映画「GONIN」はここからにおける同性愛はある種の美しさを描いている。その美しさは平安時代における巻物のような美しさである。

俺が映画GONINを見るとき、俺は松岡宗嗣が日本人は同性愛者を差別してきたと言うことは正当でないと審判する。松岡宗嗣の行為は日本列島や東洋文明に対する無知と無理解、そして蔑視の象徴である。西洋的でない同性愛の描かれ方が「ヤクザ映画「GONIN」はここから」にあるだろう。

 ヤクザ映画「GONIN」はここから