朝日新聞の小滝ちひろと報道の自由〜コロナは痛快か〜

大和民族について

 小滝編集委員は13日午後に「あっという間に世界中を席巻し、戦争でもないのに超大国の大統領が恐れ慄く。新コロナウイルスは、ある意味で痛快な存在かもしれない」とツイートした。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200314-00000157-spnannex-soci

 小滝は上記の発言をつぶやいて、炎上した。その行為に対して、日本人は彼の行為を強く批判した。その結果、小滝は彼のアカウント(名前)を削除して、ツイッター上から消えた。

朝日新聞の社会はこの種の狂った行為を頻繁に繰り返してきた。例えば、サンゴ礁の捏造報道はその具体例の一つである。人々は朝日新聞の異常性を批判してきた。

しかし、俺は朝日新聞が異常でなく、報道の自由が異常であると感じる。トヨタ自動車も朝日新聞も同じ会社であるが、前者は異常でなく後者は異常である。トヨタと朝日はともに会社であるけれども、トヨタと朝日の違いは自由である。

1:朝日新聞の奇妙な行為

1:社会性がない

 朝日新聞の社員は社会性を持っていない。彼らは日本社会や国際社会をまるで他人事のように見ている。その結果、彼らはコロナウイルスを痛快と呟いた。

2:客のように振る舞う

 朝日新聞は日本社会や国際社会の客であるように振る舞う。当然、彼らは客でない。俺は小滝の発言は客のようであると審判した。

3:依存対象を攻撃する

 朝日新聞は政府や国際社会に依存してきた。にも関わらず、彼らはなぜか政府や国際社会を攻撃してきた。

2:報道の自由に関する問題

 日本人は朝日新聞や小滝を批判する。しかし、俺は報道の自由が問題であると審判する。たとえ俺らが彼らを批判するとしても、この状態は変化しない。

言い換えると、運動競技の取り決め自体が間違いである。だから、この種の問題が生じてきた。たとえ俺らがマスゴミを批判するとしても、マスゴミは変化しない。

1:依存

 朝日新聞は日本国や日本政府に依存して保護されてきた。にも関わらず、彼らは日本国や日本政府を批判してきた。けれども、彼らは日本政府によって批判されてこなかった。

2:対峙の欠如

 朝日新聞は白人と対峙できない。彼らは白人のイタコ芸を報道と呼んできた。他者と対峙できない人間に、自由は不要である

3:大局的自立の欠如

 報道や教育や学問や金融は依存者である。彼らが権力を持つとき、俺らの両手が権力を持つようなものである。人体は俺らの想い通りに動かずに、人体は事故を引き起こすだろう。

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