望月新一のABC予想解決の問題と加藤文元の宇宙と宇宙をつなぐ数学

大和民族について
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望月新一がABC予想を解決したとwebサイトで主張した。しかし、これが完全なる解決であるかはわかっていない。さらに、加藤文元は望月に関する書籍を出版したらしい。

俺の感覚は怪しいと言っている。以下で、俺はなぜ奇妙さを覚えるかを提示しよう。ここでは、ABC予想が正しいかどうかは置いておく。

1:応用がない

 望月の理論は広範囲の応用を持っていないように見える。俺はこれがなんとなくおかしいと感じる。もし彼が予想を解決する理論を建設できたならば、その理論は広範囲の応用や研究活動の活発化を促すだろう。

しかし、現時点で、その応用は確認されていないように見える。人間は何かをみて、その何かをすぐには理解できない。自動車もまた使っていくうちにわかっていく。馴染むと言っても良い。

純粋数学者や理論物理学者は応用を軽視するように思える。これは彼らの致命的な欠点である。以下で、俺は応用がないことの意味や感覚を提示しよう。

2:応用がないことはどういうことか?

 ブログでは、クリック報酬やアフィリエイト広告が存在して、ブロガーはそれで儲けようとしてきた。しかし、ブログだけでは、人々は食べていないので、ブログでの広告に関する理論や経験則を応用する必要がある。

例えば、アクセス解析やPVは市場における集客に対応する。ブログを書いていくと、文章が上手くなるので、その経験を契約書やメールに応用する。また、アクセスを増やすためには、炎上を予想して記事を製造するので、未来予想に関する感覚、つまり集客や記事という商品の需要に関する感覚が養われる。

たとえブロガーがアクセス数を増加させるとしても、ブログでしか通用しないので、それだけではほとんどの人間は食べていけない。だから、応用や一般化が絶対に必要になる。アクセス解析を集客に対応させれば、簡単な一般化にもなるだろう。

 ブログでしか、通用しない手法や理論を構築するとしても、同じブロガーしかそれを見ない。同様に、応用のない理論は、たとえそれが正しかったとしても、同じブロガーの中で閉じる。

俺の経験則によると、もしある人間がブログでしか、通用しない手法や理論を構築するならば、その人間は社会性を持っていないので、食べていない。または、その理論は間違っている

白人様
白人様

 例えば、グーグルのクリック広告アドセンスに合格する手法や理論なんて、学ぶ必要がない。なぜなら、その手法や理論はグーグルのクリック広告アドセンスに合格する時しか使えない。

3:加藤文元は理解してるか?

 俺は加藤が望月の理論を正確に理解しているかを疑っている。数学者も老いには勝てないように見える。年をとると、判断能力が鈍るので、加藤は自分が理解してないことを理解していないように見える。

俺の勝手な印象では、周りの日本人数学者もまた望月の理論に関する加藤の発言に賛成していないように見える。当然、彼らは気を使って、何も言わないけれども。

完全な部外者である俺がなんか変であると思うのは、学術界の腐敗の危険度が上昇していることである。日本人数学者は彼らの世界の腐敗臭を隠しきれていないように見える。上記の加藤は上手な文章を一般向けに書くことができるので、俺は上記を推薦する。

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