黒川信重と望月新一とABC予想と査読〜なぜ日本国の数学界は失敗したか?〜

大和民族について
https://www.gentosha.jp/article/13594/
望月新一のABC予想証明の組織的な問題点と報道(peter woitとnature)
 俺は数学について無知である。しかし、俺はABC予想について非常に懐疑的であった。なぜなら、日本人の数学者や科学者の文化的に文明的に劣等な部分がこの問題であらわれたように思える。以下で、俺は組織的な問題となぜこの証明は認められないだろうかについて述べる。ABC予想の問題は望月の使用する数学の困難さや白人との意思疎通の欠如、そして論文の形式や長大さの問題でなく、人間組織の問題である。例えると、組織や人間社会の問題は ' 運動競技の試合 ' の問題である。日本人の科学者も数学者も彼ら自身の運動競技をまともに形成できない。運動競技はsystemや人間社会や文明にも関係して例えられるように思える。彼らは選手として優秀であるが、審判者やsystemの創造者として優秀でない。1:問題 望月新一も彼の友人も白人的な学術制度を非常に嫌っているように見える。この種の日本人の科学者や数学者の数は一人でないので、それ自体は不思議でない。俺は白人崇拝に対する強烈な抵抗という彼らの心情に賛成するが、それでもなお、望月の行為には非常に深刻な問題が存在する。その問題とは日本...

 望月はABC予想の証明を発表した。この行為に対して、西洋人は彼の証明を正しいと認識しない。なぜなら、査読systemに問題があった。

黒川信重は優しい人間である。彼の行為に対して、黒川は彼を強く批判してこなかった。しかし、俺は黒川は彼の行為を内心強く批判したいのでないかと憶測する。

俺は日本国の数学界はこの騒ぎに関係なく崩壊しつつあると審判した。以下で、俺はその理由を提示しよう。俺は完全なる部外者である。

黒川と望月の内心

望月の内心

 望月は白人の価値観や制度に従いたくない。彼は自立したい。彼は白人と接触したくないし、彼らとの意思疎通も最低限にしたい。

彼は日本国における大学制度も査読制度も西洋の影響から自由でありたい。この心理から、彼は西洋との意思疎通をほとんどたってきた。彼の心理は変わらないだろう。

黒川の内心

 彼の心理に対して、黒川は望月は西洋人の前できちんと発表すべきであると感じてきた。または彼は西洋人とこの予想に関してきちんと議論すべきと感じてきた。黒川は客観的な査読systemを採用すべきであると感じてきた。

現時点で、黒川はABC予想が証明されたと思っていない。黒川は白人崇拝者でない。彼もまた西洋人に少し抵抗しているように思える。

大学及び査読systemの欠如

 混乱の原因 日本人を含む有色人種は彼ら自身のsystemを創造できない。だから、たとえ彼らが西洋の呪縛から逃れようとするとしても、彼らはうまくいかない。

有色人種はsystemを創造できない

 一部の日本人の数学者は白人に押し付けられたsystemを嫌ってきた。彼らはそれに抵抗しようとしてきた。しかし、彼らはそのsystemから逃れられてこなかった。

なぜなら、彼らはsystemそれ自体を創造できない。彼らは彼ら自身の教育systemすら彼ら自身で創造できない。大学systemも査読systemも全てのsystemを創造できない。

だから、例え彼らが白人のsystemを嫌うとしても、彼らはsystemの創造能力を持たないので、彼らは白人のsystemの奴隷としてしか生きれない。この状態は例えドイツ人がキリスト教やユダヤ教を嫌うとしても、彼らは彼らの社会systemを彼ら自身で創造できないので、彼らはキリスト教やユダヤ教から逃れられないことに似ている。彼らは自己の宗教を創造できない。

 自然界というsystemはなぜかすでに与えられたsystemである。だから、俺らはそのsystemを人工的に創造する必要はない。しかし、俺らは人間社会におけるsystemを創造する必要がある。

もし俺らがそのsystemを創造できないならば、俺らは人間社会を形成できない。そして、俺らは文明を築けない。

systemの正当性

 もし色付きが彼ら自身の独自のsystemを欲するならば、彼らhそのsystemの正当性を提示する必要がある。彼らはなぜそのsystemが正当であるかを提示する必要がある。西洋のsystemの正当性は経験的な事実から来ている。

彼らのsystemがニュートンやアインシュタインを生んできた。だから、彼らのsystemは正当であると。

systemの信用

 もし色付きが彼ら自身の独自のsystemを欲するならば、彼らhそのsystemの信用を提示する必要がある。言い換えると、彼らはそのsystemが正確に動くかを西洋人に提示する必要がある。この考えはプログラムやソフトウェアの実現と同じである。

管理と統治の欠如

 混乱の原因 日本人の数学者や科学者は彼ら自身の情報を彼ら自身で管理、統治できない。査読は製造でなく、管理行為に近い。彼らは管理を苦手とするので、管理行為である査読で、問題が生じてかつそれを解決できない。

管理及び統治と製造

 日本人の学者は白人によって与えられたsystemの管理と統治すらまともに実行できない。その結果、そのsystemの構成要因は好き勝手に運動して、system自体がめちゃくちゃになる。ABC予想に関する問題もまた管理や統治の欠如であるように思える。

情報の製造は情報の管理や統治でない。査読systemやそれに関係する行為は製造でなく、情報の管理や統治である。日本人の学者は管理や統治を苦手とする。

彼らは彼ら自身の情報すら彼ら自身で管理できない。その結果、ABC予想に関する査読の問題(管理の問題)が生じた。さらに悪いことに、彼らは査読それ自体が数学の情報の製造でなく、管理や統治の問題であることすら認識できないように思える。

具体例(赤ん坊の製造と管理)

 査読の問題は赤ん坊の管理の問題である。赤ん坊は論文それ自体であり、赤ん坊の管理は査読行為である。例え数学者が赤ん坊をボコボコ産むとしても、もし彼らが彼らの子供を管理できないならば、彼らの社会は滅亡するだろう。

例えると、ルーマニアの落とし子たちや一人っ子政策を実行しなかった中国のように崩壊するだろう。日本人の数学者は何も考えずに、彼らは赤ん坊をボコボコ産んで、誰も赤ん坊を管理できない状態になっている。

彼らの行為や考えや状態(管理の欠如)は貧困層のそれらに非常に似ている。

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