人間の本質の意味を把握するための準備

俺らの信仰
https://en.wikipedia.org/wiki/Homo_sapiens

 以下で、俺は人間の本質の意味を提示する。一般的に、人々はなぜ一部の人間が人間の本質を追求するか疑問に思ってきた。だから、俺はそれを提示する。

ここでは、俺らはホモ・サピエンスと人間を明確に区別する。前者は生物学的な事実であり、後者は人工的な概念である。

0 前提

 俺らが信仰(system)を形成するとき、人間の定義(認識)は必要になる。俺らが法律を人間に適用するとき、人間の定義(認識)が必要になる。俺らが胎児を中絶する時、人間の定義(認識)が必要になる。俺らが物体を所有するとき、人間の定義(認識)が必要になる。

信仰(system)の問題

 人間が人間社会systemを形成するとき、人間は要素と集合と決まり事を決定する必要がある。人間はそのsystemの要素である。だから、何が人間であるかをきちんと定義する必要がある。

国家が存在するとき、その構成要素は人間である。文明が存在するとき、その構成要素は人間である。会社が存在するとき、その構成要素は人間である。

もし人間の定義が存在しないならば、国家も文明も会社も定義されない。だから、人間の定義は重要である。

法に関する問題

殺人行為と刑罰

 殺人行為とは、ある人間が他の人間を殺す行為である。この文が成立するためには、行為の主体と目的語である人間がきちんと定義されている必要がある。もし人間が定義されないならば、行為の主体と目的語である人間が存在しないので、殺人行為それ自体が存在しない。

胎児に対する認識

 人間の定義の重要性は胎児の中絶において重要である。もし胎児が人間であるならば、中絶行為は殺人行為であるので、その行為は殺人罪として罰される。もし胎児が人間でないならば、中絶行為は殺人行為でないので、その行為は罰されない。

所有と奴隷

 人間の定義は所有行為において重要である。もしxが人間でないならば、xは人間によって所有される可能性がある対象である。一般的に、家畜や奴隷は人間によって所有される。

なぜなら、彼らは人間でない。人間でない対象は人間によって所有されるかもしれない。だから、奴隷にされることを嫌う対象にとって、人間の定義は重要である。

1 人間の本質の意味

 人間の本質 人間の本質とは、人間(対象)に一対一に唯一対応する人間の性質である。

 人間の本質は必ずしも一つでないかもしれない。人間という対象それ自体は一つであるが、人間の本質は複数存在するかもしれない。

対象(棚)

 人間を対象と仮定するとき、その対象は棚に対応づけられる。人間が棚と例えられる時、人間の性質は棚の引き出しである。

対象(棚)の本質(引き出し)

 人間を対象(棚)と仮定するとき、人間の性質は棚の引き出しに対応づけられる。そのとき、人間の本質とは、人間(棚)に一対一に唯一に対応する性質(本質)である。人間の本質を明らかにするとは、人間と一対一に対応する性質を知ることである。

2 分析的思考

 共通認識 分析的思考とは、人間が対象それ自体、または対象の性質それ自体を分析する思考である。

分析的思考

 分析的思考とは、人間が対象それ自体、または対象の性質それ自体を分析する思考である。例えると、対象を人間と仮定するとき、対象の性質は人間の性質であある。人間を棚とみなすと、人間の性質は棚の引き出しである。

分析的思考では、人間は棚それ自体や棚の引き出しそれ自体を分析する。その時、人間は棚の引き出しそれ自体のみに着目して、その他を考慮しない。例えば、俺らが白人の肉体のデザインを分析するとき、俺らはデザインのみに言及して、白人の肉体の老化のしやすさや腋臭に言及しない。

俺らが人間の形を分析的思考で分析する時、俺らは形のみに着目して、論理を形のみに適用させる。その時、俺らは相手が言葉を話していることや相手の服や相手の性格や相手の知能を考慮しない。俺らは形のみを見て、論理を形のみに適用して、結論を導く。

3 簡単な実践

 共通認識 人間の本質は人間の形式でない。人間の本質は要素でない。人間の本質は自由でない。

形式

 もしxが人間と同じ形式を持つ対象であるならば、xは人間である。このロゴスは間違いである。なぜなら、xが人型ロボットや人形であるとき、人型ロボットや人形が人間となる。

もしxが人間と同じ形式を持つ任意の対象であるならば、xは必ずしも人間ではない。この推論が正当なロゴスである。要するに、たとえ目の前の対象が人間の形式を持つとしても、その対象は必ずしも人間であるとは言えない。

だから、たとえ俺らがその対象を破壊するとしても、俺らの行為は殺人行為でない。もし俺らの行為が殺人行為で罰されるならば、その罰は正当でない。

要素

 もしxが人間と同じ要素を持つ対象であるならば、xは人間である。このロゴスは間違いである。なぜなら、xが死体である時、死体は人間である。

また、物体を原子のような要素に分解する時、人間の要素とチンパンジーの要素はほぼ同じであるので、熊も人間になる。また、この時、胎児も人間になる。もしxが人間と同じ要素を持つ対象であるならば、xは必ずしも人間ではない。

だから、たとえ俺らがその対象を破壊するとしても、俺らの行為は殺人行為でない。もし俺らの行為が殺人行為で罰されるならば、その罰は正当でない。

自由

 もしxが自由であるならば、xは人間である。このロゴスは間違いである。なぜなら、xが野生動物である時、野生動物は人間である。

もしxが自由であるならば、xは必ずしも人間ではない。だから、たとえ俺らがその対象を破壊するとしても、俺らの行為は殺人行為でない。もし俺らの行為が殺人行為で罰されるならば、その罰は正当でない。

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