落伍行為とその正当性

俺らの信仰
https://ja.wikipedia.org/wiki/落武者

 この信仰では、俺らは東洋的な社会秩序と安定を重視する。一般的に、落伍行為は悪であると定義されてきた。しかし、この信仰では、俺らは落伍行為を必ずしも悪と認識しない。

なぜなら、それを悪とする事は復讐を悪と定義することに等しい。人間が復讐を悪と定義するとき、その人間は誰かによって復讐されない。だから、人間はしばしば復讐を悪と定義する。

落伍行為も同様である。以下で、俺らはその理由とその条件を提示する。

1 落伍行為と陰

 共通認識 落伍行為とは、ヌシが局所的な社会秩序及び安定を実際の暴力によって意図的に乱す行為である。

1 落伍行為とその陰性

 落伍行為は陰な行為である。この信仰では、西洋的な善悪二元論ではなく、東洋的な陰陽一体を採用する。ただし、大局的な秩序を乱す行為は落伍行為でない。

2 落伍行為と病性 

 落伍行為は陰な行為と病的な行為に分けられる。俺らは病的な行為を実行しない。例えば、病的な落伍行為には、サリン事件が存在する。

彼らは何をやりたかったのか誰にもわからない。選挙に落ちて腹いせにサリンを巻いたように思える。俺らはこの行為を病的な落伍行為と認識する。

2 条件

1 公的な理由

 公的な理由が存在する時、落伍行為は正当化される。特に、歴史における公的な理由が存在する時、その行為は正当化される。例えば、アメリカ大陸の多様性は俺らモンゴロイド人種の虐殺の結果である。もしこれらが賛美され、これらの状態が繰り返されるならば、落伍行為は正当である。

例えば、カメルーンやイスラエルで、黒人奴隷やホロコーストが賛美されるならば、黒人やユダヤ教徒のコーカサス人種は落伍行為を実行するだろう。だから、俺らモンゴロイド人種も俺らの虐殺や奴隷化が賛美されるならば、俺らによる落伍行為は正当である。

2 奴隷化防止

 もし俺らが奴隷化される、またはされそうならば、その落伍行為は正当化される。なぜなら、奴隷化される時、落伍行為による死者の数は常に奴隷化による死者の数を下回る。もしこの行為が嫌がられるならば、統治者は俺らを奴隷状態に置くべきでない。

3 相互性

 もし落伍行為に関する相互性が存在しないならば、その時、その行為は正当化される。例えば、イスラム教徒が落伍行為を繰り返しているが、日本人を含む東洋人はその行為を悪と定義され、できない。この状態は相互的でなく、奴隷的である。だから、この場合、落伍行為は正当化される。

3 正当化

 建設中。分岐から落伍行為を正当化する。

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