吉本興業の樺沢まどかとexcelと報道の自由

大和民族について
https://twitter.com/paramilipic/status/1267493322869727232/

 吉本興業では、現在も電卓が使用されているらしい。値段や物体の数の計算は電卓で実行される。日本人の一部はこの状態を見て、吉本を馬鹿にした。

しかし、俺はこの種の非効率で馬鹿げた状態は実に日本的であると感じる。以下で、俺はこの問題について考えよう。俺は吉本を笑わない。彼らは実に日本的である。

1 そもそもexcelとは?

 excelは表計算ソフトである。表計算ソフトは(数字)管理ソフトである。管理が必要な時、表計算ソフトが必要になる。では、いつ管理が必要になるか?

製造と管理

 人間が何かを製造するとき、管理の需要が発生する。例えば、人間が複数の赤ん坊を製造するとき、人間は赤ん坊の管理を必要とする。だから、管理ソフトの需要が発生する。

人間が車やその部品、農作物、そして情報を製造するとき、人間はそれらの管理をする必要がある。だから、管理ソフトの需要が発生する。もし俺らが対象を管理できないならば、俺らの社会は正常に機能しない。ルーマニアの赤ん坊政策(落とし子政策)を見ればわかるように、少子化や人口問題を解決するために、管理を無視した赤ん坊の製造は悲劇的な結末を導く。

お金と商品のやり取りと管理

 お金や商品をやり取りするとき、お金や商品の管理が必要になる。だから、管理ソフトが必要になる。例えば、10人からなる人間集団の個々の要素が別々にお金のやり取りを実行するとき、その行為を管理する必要がある。

日本人のexcel観

 日本人は強い狩猟民族の性質を残した民族である。彼らは狩猟民族+農耕民族であり、牧畜の概念を認識できない。だから、彼らは家畜の管理や統治が何であるかを把握できない。

その結果、日本人はexcelを製造ソフトと認識しているように思える。例えば、彼らはexcelを数字を製造するソフトや計算結果を製造するソフト、将来におけるかかる値段を製造するソフト、発生した金額を計算して記録して相手に提示するソフト、、、日本人のexcel観はこんな感じである(多分。)。

このexcel観の特徴は日本人は物事の全てを「製造」と認識していることである。彼らは物事の「管理」や「統治」をどうしても認識できないように思える。

2 善悪の問題

 上記で、なぜ日本人が電子計算機を使用しないかが提示されている。その理由は日本人の東南アジア人的な怠惰さと善悪の判断の欠如である。彼らは作業を変えるのが「面倒」である。だから、彼らはいつまでも言い訳をして何もやろうとしない。

excelを使うのは良いのか悪いのか

 上記の吉本は電卓で計算してきた。なぜなら、彼らは善悪の判断を下せない。だから、彼らはいつまでも電卓を使う。

東南アジアにおける犯罪率の高さは経済的な問題だけでない。彼らは乞食行為や犯罪行為を悪と認識できない。

一般的に、善悪→行為の決定(excelの使用)→問題の解決(電卓の廃止とexcelの使用)である。吉本は善悪を持たないので、excelが使用されない。

カタカナ用語は善か悪か?

 カタカナ用語は批判されてきた。しかし、日本人はカタカナ用語の使用を廃止できなかった。なぜなら、日本人は善悪の判断を下せないので、カタカナ用語に対する善悪→カタカナ用語の使用の廃止→問題の解決という流れが存在しない。

日本人と善悪

 日本人は島国の民である。だから、彼らは善悪の判断を下せない。一般的に、島国の人間は大規模な牧畜や農耕を経験してこなかったので、異なる善悪を持つ人間に接してこなかった。その結果、彼らは善悪の判断を下すことの需要性を認識できてこなかった。

3 社会性の問題

 日本人は社会性を持っていない。だから、電子計算機の浸透が遅れてきた。

教育の問題

 吉本がexcelを満足に使えないのは、彼ら自身の問題だけでなく、教育の問題かつ教育の責任である。教師自身が教育でexcelを使っていない、または電子計算機の使用に苦手意識を持ってきた。

日本人の教師や学者は教育の概念を持っていない。彼らは教育を自分の話を聞いてくれる何かであると錯覚している。彼らは教育を職業義務でなく、「頑張ったご褒美」であると誤認識する。

意思疎通の問題

 日本人はITを使えない吉本を馬鹿にした。けれども、日本人のIT技術者は意思疎通能力を持っていない。そして、彼らは知識を占有して、他人を馬鹿にしようとする。彼らは他人よりもちょっとでも優位に立とうとする自称スペイン系フィリピン人と同じである。

日本人のIT技術者は彼ら自身の単語の管理すらまともにできない。彼らは人間社会における意思疎通の問題や管理を一切考えていない。にも関わらず、彼らは自由を主張して、外部からの批判を妨害してきた。自由や自治を主張するならば、彼らは彼らの単語くらいは彼ら自身できちんと管理しよう。

日本人のIT技術者は知識での馬乗り行為を試みる。馬乗りしたいので、彼らはIT技術を占有して、何も言わず、ろくに管理しようとしない。カタカナ用語がその代表的な具体である。彼らはカタカナ用語をしようして、相手を煙に巻き、馬乗りを試みる。

 彼らの必殺技は「知らないくせに批判している」である。それで、社会は構築されるのか?

社会の欠如

 (俺が妄想する)社会の重要な要素は「製造+管理+流通誘導」である。製造は文書作成ソフトである。管理は表計算ソフトである。(商品売買や計画のための)誘導はプレゼンソフトである。流通は電子手紙やブラウザ(閲覧ソフト)である。

商品を製造しても、管理できなければ、製造は無駄になる。製造がなければ、管理する対象がなくなる。製造の過程や製造後には、商品を運搬する必要がある。流通なしには商品は売れない。製造して管理して流通できても、商品をただ置いていては売れない。だから、誘導が必要である。

農作物の方がわかりやすいかもしれない。農作物を生産して、農作物やその生産自体を管理して(腐らせない、倉庫)、農作物を流通させて、最後に誘導して売却する。俺は農家でないので、間違いがあるかもしれない。

おまけ 報道の自由の問題

 てかテレビ局のリケジョ概念もヤバイし「高学歴だけど女子力ゼロ」とかいろいろ表現的にアウトな気もするし、これまでOffice使ってなかった吉本のマネジメントとは…

https://twitter.com/paramilipic/status/1267494543617712128

単語選択と審判の問題

 上記の呟きの正体は以下であるかも。日本人は単語の選択能力を持っていない。だから、彼らは上記の人間を「リケジョ」と呼ぶ。上記の単語選択の問題は「リケジョ」だけでない。彼らは日本人を「イケメン」と呼ぶ。

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