なぜ日本国の報道(朝日や毎日)は無能でマスゴミに見えるか?

大和民族について
https://ja.wikipedia.org/wiki/卑弥呼

 日本国の報道はゴミであるとみなされてきた。日本人は彼らを無能であると感じてきた。では、なぜ日本国の報道は無能であるように見えるか?以下で、俺はそれを提示しよう。

1 無能な性質

 いつ日本人はゴミを無能とみなすのか?それは次である。マスゴミが白人と対峙できないにも関わらず、彼らは日本人を白人の価値観で殴る。また、彼らは日本人に依存しながら、日本人が不利になるような状況や損害を与えるような行為を繰り返してきた。

まるで子供が親に迷惑をかけて、愛情を確認するように。朝日のサンゴ礁の事件はその象徴である。

対峙できない

 日本国の報道は自己の意見を持って西側白人と対峙できない。彼らは日本人に寄生している。けれども、彼らの給料は恵まれてきた。

日本国の報道は白人だけでなく、日本人とすら対峙を嫌がる。だから、彼らは何か問題が生じると、彼らは白人の価値観を引用するか、彼らは白人になぜかチクって、白人に日本人を叱らせようとする。

彼らはまるで小学校の学級委員長の雌豚と同じである。この種の豚も何かあると、先生にチクって男児を先生に叱ってもらおうとする。豚は自己の意見を発言して、男児と絶対に対峙しようとない。

視点が白人

 日本国の報道の視点はなぜか白人視点である。その結果、彼らは白人による報道機関のような報道を繰り返す。例えば、アメリカ大陸の多様性は俺らモンゴロイド人種の虐殺の結果であるので、それを白人と一緒になって賛美すべきでない。

日本国の報道機関はどこの国家の人間かわからない。彼らは国家概念それ自体を認識できないように思える。

自浄作用のなさ

日本国の報道機関は自浄作用を持たない。彼らは指摘されても、同じ間違いを続ける。彼らは変わらない。

2 理由

 上記のように、日本国の報道は完全に無能である。では、なぜ無能であるのか?

報道とは単なる作業である。

 日本国の報道は報道よりも、作業に近い。一般的に、日本人は作業しかできない。作業に関して、彼らは勤勉である。しかし、彼らは思考に関して怠惰であり、現実逃避を繰り返してきた。

彼らにとって報道とは次である。彼らは白人様が製造した情報を仕入れて、それを日本人へと引用する。彼らにとって、報道とはこの一連の作業である。この作業には、当然、自己の視点も価値観も存在しない。あるのは単なる記憶と引用という作業である。

この状態は言語オタクや歴史オタクや科学オタクや数学オタクと同じである。彼らもまた言語や歴史を記憶して、それを延々と引用し続ける。そこに自己の視点は存在しない。その結果、白人が人種は存在しない、あるいは多様性は素晴らしいと主張するとき、彼らは作業を実行して、彼らは白人の意見を記憶して引用して、「人種は存在しない、あるいは多様性は素晴らしい」と主張する。

3 結果

 以下で、俺は作業の結果を提示しよう。当然、以下の結果は「悪い」。

なぜかアメリカ大陸の多様性を賛美する

 アメリカ大陸の多様性は俺らモンゴロイド人種の虐殺の結果であるので、それを白人と一緒になって賛美すべきでない。しかし、日本国の報道は作業である。だから、彼らは作業を実行して、彼らはアメリカ大陸の多様性を賛美する。

この過程は次である。白人は多様性を賛美した。報道関係者はそれを記憶する。この記憶運動は作業である。その後、彼らは記憶をした情報を日本人へと引用する。この引用行為も作業である。

この過程はオタクに似ている。オタクもまた歴史に対する記憶作業と引用作業しかできない。オタクは善悪の判断を下せないので、思考できないように見える。

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