言語と文字〜アラビア語とアラビア文字と中国語と漢字〜

言語
https://ja.wikipedia.org/wiki/論語

 言語と文字は異なる対象である。では、言語は文字から完全に切り離されるか。この質問への俺の答えはいいえである。

つまり、中国語は漢字なしに存在しない(かもしれない)。言語と文字は精神と肉体のようなものである。それらは異なる対象であるが、完全には切り離せない。

以下で、俺はそれについて提示する。なお、文字や音声は言語の表現形式とする

1 言語と文字

 俺の仮説 言語と文字は異なる対象である。言語と文字が完全に切り離されるかは現時点で不明である。言語と文字は相互的に影響を及ぼしあっている可能性が存在する。

精神と肉体

 精神と肉体は異なる対象である。しかし、それらは相互的に影響を与え合っている。精神は言語に対応して、肉体は表現形式(文字など)に対応する。

アイコンと中の人

 アイコンと中の人は異なる対象である。しかし、白人のアイコンを使用する人間はなぜか白人のように振る舞う。中の人に対するアイコンの影響は0でない。

2 仮説

 俺の仮説 もし言語と文字が切り離せないならば、言語aが数種類の異なる表現形式を持つとき、その言語aは各表現形式の影響を受けて、変化して、異なる言語になる。

 言語とその表現形式は互いに異なる対象である。しかし、もし言語がその形式と互いに影響を及ぼしあっているならば、その言語は形式によって変化を受ける。その後、その言語は互いに異なるように分岐する。

もし言語と表現形式が完全には切り離せないならば、そのとき、俺らは言語と表現形式の組に新たな名前を与える必要がある。俺らは言語と表現形式の組を「言組(げんそ)」と便宜的に呼ぶ。

その記号は(言語a, 形式a)のように表示する。(言語a, 形式a)は(言語a, 形式b)でない。ただし、人間が言語aを形式bで運用し続けるとき、形式bが言語aに長期的に影響を与えて、言語aを変質させる。だから、瞬間的には、(言語a, 形式a)=(言語a, 形式b)が成立する。

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