人間の本質と要素

俺らの信仰
https://ja.wikipedia.org/wiki/素粒子

人間の本質 人間の本質とは、人間(対象)に一対一に唯一対応する人間の性質である。

https://oreranitsuite.com/2020/05/29/preparation-for-grasping-meaning-of-essence-of-human-being/

 人間の本質は人間の要素でない。人間を対象とする時、人間の要素は人間という対象に一対一に対応しない性質である。人間の要素は人間のとある性質であり、それは人間の本質でない。

以下で、俺らは分析的思考に基づいて、人間の本質と人間の要素を認識する。

1 人間の本質と要素

 人間の本質と要素 もしxが人間の要素を持つ対象であるならば、xは常には人間でない。

 人間の要素を持つ対象を人の素と置く(味の素をもじった)。もしxが人の素を持つ対象であるならば、xは常には人間でない(必ずしも人間とは言えない)。

もしxが人間の要素であるならば、xは常に人間である。この推論は誤りである。だから、間違いの反対が正しいと仮定すると、「もしxが人間であるならば、xは常に人間ではない」と考える。

またはよくわからない。以下で、この推論が正当でないことを眺めよう。

胎児(具体例)

 xを胎児と置く時、胎児は人間の要素を持つので、胎児が人間になる。その時、もし医者が中絶行為を実行するならば、その時、その医者は殺人行為で罰される。

俺らは胎児を人間と認識しないと仮定する。人間の本質を人間の要素と仮定するとき、もし上記の論理が正当であるならば、胎児が人間であるという結論が導出される。

この結論は俺らの認識に反する。だから、俺らはその論理を否定して、もしxが人間の要素を持つ対象であるならば、xは常には人間でないという論理を採用する。

細胞

 生物学者の一部は人間の本質を細胞と定義する。しかし、もし人間の本質が細胞であるならば、細胞それ自体が人間である。俺らが細胞を破壊するとき、細胞は人間の本質であるので、その行為は殺人行為として罰される必要がある。

俺らは細胞を人間と認識しないと仮定する。人間の本質を人間の要素と仮定するとき、もし上記の論理が正当であるならば、細胞が人間であるという結論が導出される。

この結論は俺らの認識に反する。だから、俺らはその論理を否定して、もしxが人間の要素を持つ対象であるならば、xは常には人間でないという論理を採用する。

分解(具体例)

 人間が対象の要素を思考するとき、人間はその対象を部品へと分解する。例えば、人間が人体を臓器、細胞へと分解していく。これを突き詰めるとき、最終的には素粒子のような最小単位が生じるかもしれない。

もし人間の本質が人間の要素であるならば、どこまでの分解が正当であるかを定める必要がある。もし分解の正当性が存在しないならば、俺らは素粒子を人間の本質を認識する。その時、加害者による素粒子に対する破壊が殺人行為として罰される。

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