人間の本質と決まり

俺らの宗教(主体)
https://en.wikipedia.org/wiki/Philosophiæ_Naturalis_Principia_Mathematica
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人間の本質 人間の本質とは、人間(対象)に一対一に唯一対応する人間の性質である。

https://oreranitsuite.com/2020/05/29/preparation-for-grasping-meaning-of-essence-of-human-being/

 人間の本質は人間の決まりでない。人間を対象とする時、人間の決まりは人間という対象に一対一に対応しない性質である。人間の決まりは人間のとある性質であり、それは人間の本質でない。

以下で、俺らは分析的思考に基づいて、人間の本質と人間の決まりを認識する。

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1:人間の本質と決まり

  人間の本質と決まり もしxが人間の決まりを持つ対象であるならば、xは常には人間でない。

 人間の決まりが何であるかは不明である。例えば、国家における法律や宗教的な決まりがそれに該当する。しかし、国家や宗教に応じて、人間の決まりは互いに異なる。

決まりの種類が一意的でない時、それぞれの決まりが人間という一つの対象に一意的に対応する必要がある。例えば、キリスト教とユダヤ教とイスラム教と仏教と儒教とヒンドゥー教におけるそれぞれの決まりが同じ人間という対象を指定する必要がある。しかし、それぞれの宗教では、それぞれの決まりは同じ人間に対応していない。

つまり、人間の決まりは人間を一意的に決定しない。だから、人間の決まりは人間の本質でない。ただし、もし唯一の決まりが人間という対象に一意的に対応するならば、その決まりは人間の本質である。

 上記は人間の決まりは人間の本質を明らかにしないが適切であるかもしれない。なぜなら、人間に対する決まりの種類は無限に存在する。決まりの数が唯一でない限り、決まりは人間の本質に対応しない。

2:自然法則

 人間の本質と自然法則 もしxが自然法則に従う対象であるならば、xは常には人間でない。 

局所と大局と決まり

 古典力学では、人間の肉体に対しても、原子に対しても、同じ自然法則が適用される。対象は点として処理されて、同じ法則が適用される。その時、局所と大局の区別や肉体と点の区別は存在しない。

この時、「もしxが自然法則に従う対象であるならば、xは人間である」という論理を正当であるとすると、俺らの肉体も人間である。宇宙空間における俺らのもがれた腕も衛星も同じ人間である。しかし、俺らはその腕や衛星を人間と認識しない。

だから、俺らは上記の論理を変形させて、もしxが自然法則に従う対象であるならば、xは常には人間でないを正当と認識する。その時、結論は俺らの認識を侵害しない。

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