ヌシは自己であり、人間でない

俺らの宗教(主体)
https://www.youtube.com/watch?v=hYG3iIcZOkw

 以下で、俺はヌシに関する誤解を提示する。信仰者の一部はヌシを人間と信仰する。しかし、この宗教では、ヌシは現時点での自己である。

1:ヌシと自己

 共通信仰 ヌシは現時点での自己それ自体である。つまり、ヌシは君の自己である。ヌシは俺の自己である。

誤解

 ヌシは人間でない。人間とは、ホモ・サピエンスと人(人間性)の組みである。それは日常的な意味での国家の要素になる。

それに対して、ヌシは俺ら自身である。ヌシはホモ・サピエンスでない。だから、ヌシは人間でない。

ヌシは日常的な意味での国家の要素に無関係である。ヌシはあくまでも自己である。ヌシは君自身、君の自己である。

異教徒とヌシ

 一部の宗教では、異教徒は人間でないと信仰される。この宗教では、俺らはこの種の人間観を採用しない。しかし、俺らは異教徒はヌシでないと信仰する。

2:復活の対象としてヌシ

 共通信仰 ヌシは復活の対象である。

 この宗教では、俺らはヌシを復活させる。復活の対象は人間でない。

3:さらなる自己

 共通信仰 ヌシは現時点での自己である。だから、分岐が生じるだろうとき、ヌシでない自己が存在するだろうかもしれない。

 この宗教では、俺らの目的は分岐である。俺らはヌシは分岐によって生じたと信仰する。だから、もし俺らがさらなる分岐を実行するとき、俺らはヌシでない自己を獲得するかもしれない。

その場合、俺らの自己xはヌシでなくなる。あくまで、この宗教におけるヌシは自己の一種である。