Go to キャンペーンとコロナ感染拡大と日本政府〜今更やめられない〜

大和民族について
https://ja.wikipedia.org/wiki/日本への原子爆弾投下
『GoToキャンペーン』どうなる?国と都で“温度差”(20/07/13)

 コロナ感染拡大の中、なぜか go to キャンペーンが展開される。この行為は非常に不可思議である。以下で、俺はその理由を提示する。

1:善悪の判断の欠如

 大和民族は彼ら自身の善悪(レッドカード)を持っていない。だから、彼らは彼らの行為を修正できない。

 大和民族は物事の善悪を下せない。だから、彼らはgo toキャンペーンが良いか悪いか(レッドカード)を判断できない。その結果、彼らは現状を維持し続ける。

類似例(クチャラー)

 クチャラーは治らない。なぜなら、彼らは彼ら自身の行為に対する善悪を下せない。この場合、日本政府はgo toキャンペーンに対する善悪を下せない。だから、彼らはクチャラーと同じように、彼ら自身の行為を修正できない。

類似例(先生呼び)

 日本人の学者や医者や弁護士は先生と呼ばれる。この種の状態はしばしば批判されてきた。にも関わらず、彼らは他人に彼ら自身を先生と呼ばせることをやめられない。なぜなら、彼らも善悪の判断を下せない。

類似例(幼稚や非常識)

 日本人の学者は幼稚や非常識と批判されてきた。しかし、彼らの幼稚さは現在でも変化していない。なぜなら、日本人の学者は幼稚であることが良いか悪いかを判断できない。彼らは彼らのレッドカードを彼ら自身に出せない。

2:人為的な現象の自然現象化

 大和民族は人為的な現象と自然現象を区別できない。または、彼らは一度決まった人為的な現象を自然現象のような変えられない「決まり」と認識する。その時、彼らは批判や責任を回避できると錯覚して、安心感を覚える。

 大和民族は強烈な不安を感じる時、彼らは人為的な現象を自然現象に置き換える。その時、彼らは安心感を覚えて何もしない。

なぜなら、彼らはできない理由を発見するとき、彼らは責任を負う必要がないと、ほっとする。日本政府はgo to キャンペーンを自然現象のような決まりと信じ込む。その時、彼らは失敗しても、責任を負わなくて済むとしてほっとする。

そして、たとえ失敗するとしても、「決まりだったから、仕方がなかった」と説明すれば、相手が許してくれると期待する。彼らはできない理由を説明すれば、刑罰を受けなくとも良いとなぜか信じ込む。説明したのに、相手が納得しないと、彼らは相手が真理を愛していないと逆ギレする。

類似例(人権だから)

 日本人の弁護士は異人種や異民族を全く管理できないだろう。なぜなら、彼らは憲法や人権に安心感を求め始める。彼らは異人種や異民族を管理できなくなると、彼らは「人権だから(管理できなくても)仕方がない」という妄想に逃げ始める。

日本人の弁護士はできない理由を法律や人権に求め始める。そして、彼らはできない理由を発見すると、怒られなくても良いと思って、ほっと安心する。

類似例(グローバル化や英語化)

 日本人の学者はグローバル化や英語化をなぜか自然現象のようにみなす。しかし、それは白人の悪意を伴った人為的な現象である。彼らは白人との対峙に不安を覚える。

彼らはグローバル化が失敗したり、英語化は色付きの奴隷化に繋がるとき、彼らは責任を負う必要がある。彼らはその責任を不安を覚える。だから、対峙の不安と責任の不安を回避するために、彼らはそれらを自然現象のように語る。

類似例(自由意志)

 大和民族の肉体のデザインは劣等である。特に、彼らのデザインは白人のそれよりも劣等である。彼らはこの事実に不安を覚える。

だから、彼らは自然界には、自由意志が存在しない。だから、ブサイクでもしょうがないと考えて、彼らは安心感を覚えようとする。

原爆の投下

 大和民族は原爆の投下をまるで自然現象のように語る。なぜなら、彼らは白人を批判することや、白人と対峙することに不安を覚える。その時、彼らは原爆を自然現象のように語り、彼らは白人との対峙を回避して、安心感を覚えようとする。

Go to キャンペーンと日本政府|とある人工世界の創造主|note
 コロナ感染拡大の中、なぜか go to キャンペーンが展開される。この行為は非常に不可思議である。以下で、俺はその理由を提示する。なお、そのキャンペーン自体の是非について問題にしない。 1:善悪の判断の欠如  大和民族は彼ら自身の善悪(レッドカード)を持っていない。だから、彼らは彼らの行為を修正できない。 ...
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