プラトンのイデア論の意味〜対象の存在と状態と運動、そして人間の知覚〜

言語

 以下で、俺はプラトンのイデア論の意味を提示するつもりである。プラトンのイデア論は以下のように解釈されてきた。俺らの不完全な世界には、「完璧な三角形」は存在しない。

けれども、俺らは人間は三角形が何かを認識している。では、その完璧な三角形はどこに存在するのだろうか?この問いに対して、プラトンはその三角形はイデアに存在するのだと回答したらしい。

イデアに対する日本人の考えは大方こんな感じであるだろう。実際、プラトン自身もそのように解釈したのかもしれない。以下では、俺はプラトンのイデア論を非常に好意的に解釈しよう。

1:対象の存在と状態と運動

 俺らがプラトンのイデア論を考える時、俺らは対象と存在と状態と運動を感覚的に把握する必要がある。対象それ自体は存在でない。では、対象とは何か?存在とは何か?

定義でなく、感覚的に把握しよう。俺らが対象を物体と仮定するとき、俺らは対象の存在や状態や運動を物体の気体と液体と固体に強制的に対応させよう。そして、俺らは対象の存在と状態と運動を対象の三態と便宜的に呼ぼう。

物体が固体と気体と液体に相互的に変化するように、対象それ自体も存在と状態と運動に相互的に変化する(別の記事で書く)。

対象

 対象とは、少なくとも一つの性質を持つ何かである。例えば、物体や数や創造主は対象である。船や建築物や人間も対象である。点や線や三角形も対象である。

対象の性質とは、存在と状態と運動の総称(名字)とする。対象=(存在、状態、運動)とする。または、対象=(存在、状態、運動、決まり)とする。

対象の存在

 物体や船は対象であり、存在でない。物体の存在や船の存在は存在である。対象の存在とは、とある集合の要素となる性質である。日常的には、対象の存在とは、集合の中の要素(対象)の「含有」である。

対象の存在はある対象が実際に存在していることを保証しない。例えば、方程式の解の存在は実際の対象でない。俺らは解の存在それ自体を知覚できない。

2:対象と知覚

 経験則 人間は対象それ自体を知覚できない。

 俺らがプラトンのイデア論を考える時、俺らは次の経験則を感覚的に把握する必要がある。その経験則とは、「人間は対象それ自体を知覚できない」ことである。人間が知覚できるのは、対象の存在と対象の状態と対象の運動である。

例えば、俺らは船という対象でなく、船の存在を知覚する。俺らは物体それ自体でなく、物体の存在を知覚する。俺らは船それ自体でなく、船の状態や船の運動を知覚する。

俺らは対象それ自体を把握できないので、俺らは対象の存在や状態、そして運動を通じて、対象を間接的に捉えている。しかし、俺らは対象それ自体を直接的に把握できない。

3:イデア論の意味

 意味 イデアとは、対象それ自体である。

 人間は対象それ自体を知覚できない。人間は対象の存在や状態や運動それら自体を知覚することができる。では、対象それ自体とは何であるのか?

俺らは対象それ自体をイデアと呼ぶ。俺らはイデアの存在を知覚できる。俺らはイデアの状態を知覚できる。俺らはイデアの運動を知覚できる。

しかし、俺らはイデアそれ自体を知覚できない。俺らは対象それ自体(イデア)を知覚できないので、俺らは対象(イデア)の存在や状態や運動を通して、対象(イデア)を間接的に把握する。

おまけ:創造主とイデア

 創造主の考えはイデアの考えに似ている。例えば、俺らが創造主を信仰すると仮定する。その時、俺らは創造主という対象を直接的に知覚できない。

だから、俺らは創造主によって創造されたとする自然界を直接的に調べて、俺らは創造主を間接的に信仰する。同様に、俺らはイデア(対象)をその存在と状態と運動を直接的に調べて、イデアを間接的に信仰?する。

イデアを知るためには、対象の存在と状態と運動を知る必要があった。創造主を知るためには、自然界=(宇宙、物質、自然法則)=(集合、要素、決まり)を知る必要があった。

プラトンのイデア論の意味〜イデアとは対象それ自体では?〜|とある人工世界の創造主|note
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