伊藤詩織と杉田水脈と大澤昇平に関する日本国の法律及び大和民族の問題点

大和民族について
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5ed9cfb2c5b6f4e9bed78b71?

性暴力被害を公表したジャーナリスト、伊藤詩織さん(31)は20日、自身を誹謗(ひぼう)中傷するツイッターに、自民党の杉田水脈衆院議員が賛同を示す「いいね」を押したことで名誉を傷つけられたとして、杉田氏に220万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。https://www.sankei.com/affairs/news/200820/afr2008200010-n1.html

 ジャーナリスト?の伊藤詩織が杉田水脈と大澤昇平を訴えた。伊藤詩織はTBSの山口に強姦されたと主張して、それに関して争っていた(はず)。伊藤ははすみを訴えたが、その訴えも山口と伊藤の性に関する問題に関するものであったと記憶する。

俺は伊藤によるはすみの訴えまではまだ何となく理解できた。しかし、上記の報道では、俺は彼女は何をしたいのか迷走しているという印象を持った。また、俺は彼女の行為に関する大和民族の動物的な反応や日本国の法律の奇妙さ?を改めて実感した。

以下で、俺は法律に関する大和民族の問題について提示する。その前に、俺は伊藤の行為に賛成しない点を提示する。なお、俺は宗教的な善悪や物事の意味を重視して、以下の文章を製造する。

1:伊藤の行為の問題点

 以下で、俺は大和民族の問題を述べる前に、俺は伊藤の今回の行為の奇妙さを提示する。

 1-1:ジャーナリストという職業:俺は伊藤の今回の行為に賛成しない。彼女の職業は一応「ジャーナリスト」であり、単なる一般女性でない。もし彼女が一般女性であるならば、杉田や大澤が公人であることを仮定すると、彼女の行為はある程度は正当であるかもしれない。

しかし、伊藤はほぼ公人のジャーナリストである。ジャーナリストや報道関係者は報道の自由で保護されるある種の特別な職業である。これは学者が学問の自由や大学の自治によって特別扱いされていることに等しい。伊藤の行為は、学者が批判されると、学問の自由や大学の自治で保護されながら、すぐに訴えてくる行為に似ている。

もしジャーナリストや報道関係者や学者は彼らの言論で他者に対抗せず、訴訟をちらつかせるならば、彼らに「自由」はそもそも不要である。人類の大部分は上記のように訴訟をちらつかせるジャーナリストや報道関係者や学者を必要としない。

 1-2:女性性の悪用:俺は伊藤の女性性の悪用に賛成しない。彼女行為は日本人女性、もっというと東洋人女性やモンゴロイド人女性に一般化される。モンゴロイド人種は非常に幼稚であり、すぐに泣きメソメソする。泣き落とし行為。

ネグロイド人種のライス国務長官やドイツのメルケル首相は伊藤のように女性性を悪用して、同情や憐憫を誘うような甘えた行為を公的な場所で実行しない。ライスもメルケルもキリスト教徒であり、男女平等の精神に沿って生きてきたのだろう。

俺はライスやメルケルを見て、女性性に対する甘えや幼稚と感じたことはない。けれども、伊東やその他の東洋人女性をみて、女性性に対する甘えと女性性を悪用して不快に感じたことは多々ある。小保方がその象徴的な例である。

 1-3:不快だから?:伊藤は名誉を傷つけられたと主張した。俺は彼女がどのくらいのダメージ(損害)を受けたのかを数値化してほしいと感じた。彼女は不快なものや嫌いなものを除去しようとしているように思える。

俺は彼女が「いいね」でどのくらいの損害を負ったのかを知りたい。俺は彼女は傷ついた、悲しい、苦しいと言っているだけであるように思える。いいねという行為が220万と100万?に相当する損害を与えるように思えない。

精神的な損害に対する公平な埋め合わせが存在しないように思える。これは彼女の問題でないので、下の方で述べる。

 おまけ:政治的な悪意と恣意性:伊藤は杉田水脈と大澤昇平を訴えた。彼女の行為の後、俺は彼らが右翼的であったので、伊藤は彼女を訴えたと審判した。伊藤の本来のも問題は山口と伊藤との性に関する問題、その問題に関する名誉毀損であったはず。

そこに、右翼や左翼やその他の政治信条は一切関係しない。はすみとしこは少し別で政治信条に関係なく、普通の名誉毀損であると俺は感じたけれども。名誉毀損を主張しつつ、相手の政治信条を選り好みしているように見えた。

これは公平でなく、卑怯である。伊藤は女性に対する強姦と疑われる行為を使用しつつ、彼女は右翼的な人間のみを名誉毀損で訴えている。この行為はもはや本来の事件である強姦に全く関係ない。伊藤は軽薄な右翼を悲惨な強姦事件?を使って黙らせたように見える。

 今回の訴えは強姦?事件に無関係であるように思える。もし彼女がジャーナリストで、杉田や大澤のような右翼を嫌うのであれば、裁判でなく、ジャーナリズムで対抗すれば良い。俺の印象では、彼女は日本国における性暴力や性に関する話題や法整備に興味を持っていたように見えた。

彼女の関心がSNSにおける誹謗中傷や右翼と左翼の争いに移っているように思える。その場合、彼女は強姦?事件をいつまでも使用すべきでない。はすみへの訴えは山口と伊藤との性的な事件に関係していたが、大澤や杉田はすでにそれを逸脱しているように思える。

2:大和民族の問題〜性規範及び善悪の欠如〜

 以下で、俺は大和民族の性規範の欠如と善悪の欠如について述べる。俺らが法律を扱うとき、俺らは性規範や善悪を必ず必要とする。以下の文章はすべての事件へと一般化されるだろう。

2-1 伊藤詩織の容姿:日本人の一部は伊藤詩織の容姿を美人と好む。だから、彼らは伊藤を擁護して、彼女に有利な判決が下されることを望む。もし伊藤がアパホテルの社長のような容姿であるならば、日本人は彼女を応援しないだろう。

しかし、法律を人間の行為に対する公平な審判と仮定すると、行為に対する公平な審判は伊藤の容姿に依存すべきでない。しかし、日本人は彼ら自身の適切な性規範を持たない。だから、彼らは可愛い女の子に群がり、彼女らを応援してしまう。性規範の欠如は小保方晴子や周庭に対する応援にも見られらる。

サッカーで例えると、日本人というサッカー審判は顔の可愛い女の子にあまりレッドカードを出さない。なぜなら、日本人は可愛い女の子に嫌われたくない、対峙したくない、批判されなくない。現実のサッカーの試合で、これを実行すると、試合という社会が確実に崩壊する。

 日本人は社会それ自体を認識できないし、社会を形成しようとしない。だから、彼らは伊藤の容姿に依存した擁護を繰り返す。彼らは法律やごねやごまかしを多用して、何が何でも伊藤を擁護しようとする。

もし伊藤がアパホテルの社長の顔で、杉田や大澤が美男美女であるならば、同じ審判や公平な審判が実行されるか?答えは当然、いいえである。なぜなら、彼らは公平な審判を下すために必要な「性規範」をそもそも持っていない。

性規範のない動物(=日本猿)は好きな異性を延々と擁護し続ける。彼らは法律や知識を披露して、延々と擁護する。たとえ俺が性規範の重要性を提示するとしても、日本人はクチャラーと同じで変わらない。

2-2 伊藤に対して公平か平等か?:日本人は自己の宗教を持たない。だから、彼らは公平でも平等でもない。そもそも、彼らは人間社会における公平性にも平等性にも一切興味を持たない。

大和民族の公平性や平等性の欠如に、性規範の欠如が加るとき、崩壊した試合が生じる。日本人は伊藤や大澤、杉田の行為に対する公平な審判をそもそも望んでいるように見えない。彼らは伊藤が美人や可哀想や人権を悪用して、嫌いな人間を罰しようとする。

大和民族を見ると、彼らは好き嫌いや快不快、イケメンや美人かでデタラメに審判を下す。彼らは人間の行為に対する公平な審判を求めている、または望んでいるように思えない。美女が可哀想だから、有罪みたいな世界観である。

 サッカーの審判には、公平な審判が要求される。そこには、選手の肌の色や目の細さや性別は無関係である。そこに、伊藤が美人や伊藤が可哀想や杉田や大澤が嫌いという感情は挟まれるべきでない。

3:大和民族の問題〜法は選手を罰するためのものか?〜

 3-1 刑罰と法:大和民族は法律と刑罰それ自体を認識できない。彼らは法律を他人を懲らしめるもの、罰するものと誤認識する。伊藤もまた法律を恨みを晴らす何かや世間に何かを訴える手段と誤認識しているように思える。

そのため、伊藤を含む大和民族は人間の行為に対する公平な審判をそもそも望んでいないように見える。この奇妙さは次である。サッカー選手がサッカーのルールを相手選手を懲らしめるために悪用する。

もしサッカーのルールがサッカー選手の行為を公平に審判するためのものでないならば、選手はその競技から離脱するだろう。伊藤や彼女の支持者は政治信条の異なる杉田や大澤を罰して、懲らしめたいという願望を持ってるように思える。

おまけ:名誉毀損と脅迫

名誉毀損(めいよきそん、英:Defamation)とは、他人の名誉を傷つける行為。損害賠償責任等を根拠づける不法行為や、犯罪として刑事罰の対象になり得る。「名誉棄損」とも表記される[1]。名誉毀損には刑事名誉毀損と民事名誉毀損がある[2]。https://ja.wikipedia.org/wiki/名誉毀損

 名誉毀損と損害:上記の速報では、伊藤は名誉を傷つけられたとして、220万円の損害賠償を求めた。俺は名誉毀損が何であるかを知らない。個人的には、俺は伊藤は不快に思ったので、この訴えを実行したように思える。

俺は彼女が220万に相当する損害を負っているようには思えない。日本国における名誉毀損に関して、俺が思うのは、誰がどの程度の損害(ダメージ)を負ったのかがいまいち不明であることである。その結果、気にくわないから、名誉毀損、そして名誉毀損では、x万円になっている〜という機械的な流れが散見される。

原告側によると、「いいね」を押すことが名誉侵害に当たるかどうかが争点となる訴訟は珍しいという。訴状によると、杉田氏は平成30年6~7月、英BBCの番組やツイッターで伊藤さんを批判。その後、第三者が投稿した伊藤さんを中傷するツイートに「いいね」を押したとしている。https://www.sankei.com/affairs/news/200820/afr2008200010-n1.html

 上記によると、伊藤はいいねが名誉侵害?になるかを争点としたいらしい。個人的には、俺はいいねがどれくらいの損害(ゲーム的な意味でのダメージ)を伊藤に与えたのかを知りたい。現時点では、俺は伊藤はいいねされて、不快に思った、だから名誉侵害?と主張したいように感じる。

俺は不快を損害と認識しない。また、俺は何が損害であるかは宗教や文明によって特徴付けられると感じてきた。だから、ここでも、俺は伊藤の宗教を知りたい。そして、彼女は何を損害とすることを正当とするかを知りたい。

名誉毀損に関して、伊藤はどのくらいの損害(-x円)を受けて、その埋め合わせとして、埋め合わせ金(+x円)を求めたかを明らかしにしてほしい。いいねや杉田の発言の損害は100円未満であるように思える。(-x円)+(+x円)=0の式を出してほしい。

 名誉毀損と脅迫:俺は不必要に法律をチラつかせたり、名誉毀損で訴えを起こす人間の行為を脅迫と認識すべきであると審判する。特に、訴える人間が相手の行為に対する公平や平等な審判を求めていないように見える時、その人間の行為は脅迫と認識されるべきである。

他人を黙らせるため、他人を懲らしめるために、法律を悪用する。これは拳銃をしらつかせて、相手を自分の思いとおりに動かそうとしていることに等しい。拳銃を扱う人間には、行為に対する善悪や慎重な取り扱いが要求される。

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