プログラムの日本語訳は動作法

機械

 以下で、俺はプログラムの日本語訳を提示する。特に、俺は電子計算機におけるプログラムの日本語訳を提示する。プログラムには、命令や計画が存在する。

来日した演奏者のプログラム変更のプログラムは「計画」である。運動会におけるプログラムは「行動手順」に近い。

なお、俺は電子計算機におけるプログラムが何であるかを知らない。そのプログラムに対する俺の印象とは、何か文字列が存在して、その文字列を実行すると、電計はその文字列に沿って動作(運動)する。

1章 動作法

日本語訳 プログラムの日本語訳は動作法である。

 プログラムの日本語訳は動作法である。または、プログラムを法律に対応づけて、「動作律」と翻訳することができるかもしれない。なお、ソフトウェアの日本語訳は電法であったが、これはハードウェアと対応づけた。電法系と翻訳するとき、動作法をうまく対比される。

プログラミングは「動作作り」である。

なぜ命令でないか?

 俺はプログラムを命令と翻訳したくない。なぜなら、プログラムが命令であるとき、ある人間がドローンやアレクサに「アレクサ、こっちに来い」という命令(指示や注文)とプログラムにおける命令が区別されない。俺の勝手な印象では、プログラムは国民の行為を作成したり、機械の動作を作成したりする。

なぜなら、日本語で命令というと、「〜しなさい」という意味になる。それに対して、電子計算機(電工場)におけるプログラムは動作の設計や動作手順それ自体に近いように感じる。

日常的なたとえでは、プログラムは国民の行為を定める法律に近い。法律が政治家が国民に「これこれしなさい」という命令や指示でないように、プログラムもまた命令や指示でない。プログラムも法律も機械や国民の動作の仕方や動き方を指定した方法に近い。

プログラマは動作作成者

 プログラマの日本語訳は動作作成者である。略称は「どうさく」である。俺はプログラマが何であるかを知らないが、彼らは電子計算機の動作を作成しているように(外部から)見える。

2章 法律(行為法)と法則

行為法

 個人的に、俺は国民の統治者によって作成された法律は行為法と呼ばれた方が良いと思う。なぜなら、法律は国民の行為を定める。これも一種のプログラムであるように思える。

つまり、この意味でのプログラムとは、統治者が国民の行為を作成する(プログラムする)ことである。この時、俺らはプログラムの意味を感覚的に把握できる。そして、俺らは法律におけるプログラムと機械におけるプログラムを対比させることができる。

法則

 自然法則の英訳は Law of Nature であるらしい。俺は Natural Law とずっと勘違いしていた。自然法則の場合、創造主が自然界における要素の運動を決定している。

ただし、自然法則は人為的な決まりでないので、法律や法でなく、法則と呼ばれる。自然法則の法則の印象はパタン(繰り返し)に近い。パタンは自然界に埋め込まれているように、自然法則は自然観察の結果、自然界に埋め込まれている繰り返しに近い。