大阪大学の菊池誠kikumacoキクマコと敵及び損害

大和民族
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 菊池誠はtwitterの上で「打倒財務省」や「財務省は敵」とまるで陰謀論のように呟いてきた。俺は彼は敵という単語の意味を認識できないと審判した。以下で、俺は敵という単語の意味を提示する。

1章 敵

意味 敵とは、損害自己(自己の集団)に与える対象である。

 敵とは、損害を自己(自己の集団)に与える対象である。もし菊池が財務省を敵と認識するならば、彼はどのような損害が財務省によって自己へと与えられたかをきちんと他者へと提示する必要がある。

菊池が叫んで喚いて、財務省は敵であると主張するとしても、その行為は無意味であり、かつ動物的である。

敵は損害を俺らへ与えるので、俺らは損害の原因を刑罰や軍事力で排除する。または、俺らは損害への埋め合わせ(回復魔法)を要求して、プラスマイナスゼロを達成しようとする。

2章 損害と宗教

経験則 宗教や文明は何が自己への損害であるかを与える。

 何が利益であるか、損害であるかは、人種や文明や宗教によって異なる。例えば、アッラーの擬人化はイスラム教徒への損害であるが、俺ら東洋人への損害でない。

アメリカ大陸における多様性の賛美はモンゴロイド人種への損害であるが、白人への損害でない。むしろそれは白人への利益である。このように、人種や宗教や文明が異なるとき、視点も異なるので、損害や利益に対する定義や認識も異なる。

もし菊池が財務省を敵と主張するならば、彼は彼自身の利益や損害が何であるかを他者に明確に提示する必要がある。彼は無宗教であるので、自己の損害や利益が何かですら他者に提示できないだろう。

3章 無宗教と敵と損害

憶測 無宗教のホモ・サピエンスは敵それ自体を認識できない。

 正確には、誰が敵であるかを認識できない。なぜなら、宗教や文明は損害や利益を人間に与える。もし宗教が存在しないならば、明文化された損害や利益も存在しないので、自己への損害によって把握される敵も存在しない。

実際、キクマコの敵という単語の取り扱いは非常にデタラメである。なぜなら、彼は無宗教であり、自己への損害が何であるかを明確に定めれない。

加えて、彼は彼自身がモンゴロイド人であることを嫌がり、そこから逃避しようとするので、彼は自己すら認識できない。彼は二重の意味(損害と自己)で、敵を認識できないだろう。

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