罰(punishment)

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 罰が何であるかは難しい。他者への損害に関する罰が存在する。決まりへの違反に対する罰が存在する。後者の場合、他者への損害は要点でない。

以下で、俺は罰に対する俺の認識を提示する。当然、宗教や人種や文明が異なるとき、罰が何であるかも異なる。

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1章 罰(punishment)

 共通認識 罰(punishment)とは、ある対象aが損害をその対象aに損害を与えた対象bに与える行為である。

 「与えた」は行為の完了である。俺は「与える」か、与えたか迷った。未来における損害や埋め合わせや刑罰は別の項で扱う。ここでは、俺らは既に生じた損害に対する損害を扱う。

俺らは再度の損害を防止したいとき、俺らは罰を損害を俺らに与えた対象に与える。そのとき、俺らは損害を防止できるだろうと審判する。このとき、罰の目的は将来的な損害の防止である。

俺らが損害に関する相互性を優先するとき、俺らは損害の相互性を正当と認識する。例えば、俺の子供が殺されるとき、俺は殺人行為という損害を犯人に与える。そのとき、損害に関する相互性が成立する。

 または、俺らは善悪をある人間に教えるとき、俺らは罰を使用する。例えば、大和民族の学者は契約相手を馬鹿や阿呆やクズやとんでもと侮辱する。例え俺らが彼らを彼らの侮辱に関して注意するとしても、彼らは俺らの発言の意味を把握できない。だから、俺らは罰を用いて、彼らに恐怖を与えて、善悪を教えて、手なづける。

2章 罰(punishment)の具体例

1節 殺人行為

 ある人間が他の人間を殺した。そのとき、その行為は損害を他の人間に与える。だから、その人間は損害に対する埋め合わせを必要とする。しかし、本人が自然界には存在しないので、本人に対する埋め合わせが家族などの「拡張された自己」が必要になる。

この場合、埋め合わせは難しい。現在でも、殺人行為に対する適切な埋め合わせは何であるかは分かっていない。

 その人間が1億円を被害者の家族へと埋め合わせとして支払う。そのとき、その人間は1億円を失う。俺らはこれを損失と認識するか、あるいは損害と認識する。損害の場合、俺らは埋め合わせと損害が同時に存在している。

けれども、心情的には、俺らは上記を損害でなく、損失と認識しているように見える。だから、俺らは殺人犯に対するさらなる損害を必要とする。

2節 借りたお金を返さない

 借りたお金を返さないことは契約違反であると見されるように思える。しかし、俺は借りたお金を返さないことは俺への損害である。だから、俺はその損害への埋め合わせを義務付けたい。

例えば、俺が100円借りて、返さなかった。その場合の埋め合わせは+100円である。ただし、一部の人間は心情的な裏切りを損害と認識するかもしれない。その場合、+100円+(+10円)=+110円で梅わせが必要になるかもしれない。

また、将来的な繰り返しの防止のために、罰金や罰が要求されるように思える。その場合、罰金や罰は埋め合わせなく、罰である。この罰は将来的な予防に関する罰である。

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