他者のヌシは対象である。自己のヌシは対象でなく主体である。

俺らの宗教(主体)
https://unsplash.com/
広告

 以下で、俺は他者のヌシが対象であることを提示する。ただし、自己のヌシは対象でなく、主体である。

広告

1章 他者のヌシ

 共通信仰 他者のヌシは蟲的世界から分岐する対象である。

 他者のヌシは蟲的世界から分岐する対象である。対象とは、少なくとも一つの存在状態運動を持つ何かである。「蟲的世界から分岐する」は運動である。

他者のヌシは運動を持つ何かである。従って、他者のヌシは対象である。ただし、自己のヌシは対象でなく、主体である。

あるいは、他者のヌシは俺のヌシによって同じヌシと信仰される対象である。対象とは、少なくとも一つの存在状態運動を持つ何かである。「俺のヌシによって同じヌシと信仰される」は運動である。

他者のヌシは運動を持つ何かである。従って、他者のヌシは対象である。ただし、自己のヌシは対象でなく、主体である。

2章 自己のヌシ

 共通信仰 自己のヌシは対象でない。自己のヌシは主体である。

 自己のヌシは対象でない。自己のヌシは主体である。なぜなら、自己のヌシは自己それ自体である。

主体とは、対象を捉える自己である。この宗教では、自己とは自己のヌシである。だから、主体とは、対象を捉える(自己の)ヌシである。

タイトルとURLをコピーしました