同和(部落解放同盟)の糾弾会に対する弁護士の山口貴士と言論の自由に対する疑問

大和民族
https://twitter.com/gogodai5/status/1052978476297273344
広告

 俺は関西人でないので、同和が何かがわからない。だから、ほとんどの日本人は同和問題は関西特有の問題であるので、部外者はその問題に口を出すべきでないと感じている。けれども、俺が同和問題やその問題に対する山口貴士の振る舞いを見るとき、俺は大和民族の弁護士の無責任さに驚かされる。

以下では、俺は日本人の弁護士に見られる彼らの行為の問題点を提示する。その問題点とは、彼らは人間の統治それ自体を一切考えていないことである。にも関わらず、問題が生じると、彼らはシステムの内部における要素の責任にしようとする。

【報道】同和問題を理由に恫喝する様子【公益】
広告

1章 山口貴士の問題〜統治に対する無関心さ〜

 山口貴士の問題:山口貴士は法の意味を把握していないので、彼は統治に無関心であってきた。

 正確には、山口貴士は東洋文明における法の意味を全く把握していない。その結果、彼は法律的な真理を主張することに熱中していて、彼はサッカーの試合が実際に統治されているかに無関心であってきた。彼の様子はまるで中世における神学者に等しく、神学者もまた現実世界における統治に無関心であってきた。

同和における糾弾会の問題点とは、警察や裁判、法、その他の統治機構による統治行為の機能不全である。まともな人間が同和の糾弾会を見て、関西は統治に失敗した未開地域であると認識する。けれども、山口は同和の人間を法律的な観点から正しく批判しようとする。この種の行為は悪い。

なぜなら、本来であれば、統治状態が失われた理由を作った警察や軍隊や裁判、そしてその他の統治関係者(法律関係者)に問題が存在する。あの状態になったのは、運動競技を形成する人間とそれを実際に運用する人間の共同責任である。当然、糾弾して他人を追い込んだ人間にも責任が存在するが、あのような状態を作った統治者およびその関係者に一番の責任が存在する。

2章 真理を主張すれば責任を負わなくて良い

  山口貴士の問題:山口貴士は真理を主張すれば、彼は彼の行為の責任を負わなくて良いと考えているように見える。

 この種の性質は学者や宗教家にも見られる。人間は不安を恐れて、安心感を求める。だから、一部の人間は宗教や学問、そして法律に安心感を求める。その結果、彼らは宗教的に正しいことを言っているので、責任を負わなくて良い。彼らは学問的に、法律的に正しいことを言っているので、責任を負わなくて良いと考えているように見える。

だからこそ、同和による糾弾会が放置されてきた。人権だから、差別だから、仕方がないと言って、彼らは目の前の統治の機能不全な状態をいつまでも放置してきた。日本人の弁護士を見ると、彼らは責任を負いたくないので、法律を引用して、「あの時は仕方がなかった」という “雰囲気” に持っていこうとする。

上記で述べた統治に無関心と不安の回避のための法律的真理への依存が合わさると、彼らは現実世界における統治に一切無関心になる。その結果、恫喝や脅迫、ゆすりたかり行為が生じるとしても、彼はぼーっと見ているか、「あの時は仕方がなかった」という “雰囲気” に持っていこうとする。

3章 無責任な実際の発言

 下記のツバメ次郎にも問題が存在するのは事実である。しかし、山口はツバメ次郎の発言を他人事のように批判するのでなく、彼は彼自身にも統治関係者としての責任があることを自覚すべきである。彼はまるで自然現象のように、「糾弾会をやれば、〜その関係者との対立を恐れるようになるのではないでしょうか?」と述べている。

俺が上記の山口のつぶやきを見た後、俺は強烈な違和感を覚えた。彼はまるで他人事のように同和による球団を批判している。彼の行為は戦後のドイツ人がナチスや人種差別主義者を他人事のように批判することに似ている。けれども、同和やナチスの原因は法律関係者やドイツ人の中に存在する。

大和民族の弁護士は政府による統治を白人由来の法律で邪魔する。その結果、同和のような統治不能状態が生じる。けれども、彼らはその妨害行為の責任を一切とらずに、彼らは他人事のように同和やナチスを批判する。この状態は非常に悪い。21世紀の現在でも、日本人の弁護士は統治の邪魔を繰り返して、日本列島の自然な先住民である大和民族や縄文系民族を危険に晒してきた。

電飛

山口貴士(ヤマベン)弁護士と彼らの問題と日本国憲法と日本的法律
 以下の文章は歴史的な記録のための文章である。文章の方向は山口やその他の弁護士でなく、まともな東洋人の理系の学者である。山口貴士は日本人の日本国民の弁護士であり、彼は英語と日本語を高い水準で操る(はず)。しかし、俺は彼は典型的な日本人弁護士であると審判した。以下で、俺は彼自身の問題と日本国の法制度の問題について提示する。以下の話は事実というよりもむしろ仮定や有り得そうな話である。1 山口貴士自身の問題 以下で、俺は山口自身の問題について提示する。以下の話は日本人の弁護士や学者にも一般化される。もっと言うと、以下の話は日本人自身へと一般化される。問題(会話できない) 山口は他人と会話できない。彼の会話の作法は「引用行為」ち「実況行為」と「説明行為」である。彼は彼自身の審判や善悪を表現できない。また、彼は彼の欲求や意志を彼自身の言葉で表現できない。彼の返答も日本人の学者と同様に狂っている。彼はトンチンカンな発言を繰り返してきた。山口をはじめとする日本人は他人の発言を延々と引用する。問題(善悪の判断の欠如) 山口は善悪...
弁護士の近藤博徳の問題と二重国籍〜8例目の法令違憲判決を実現 国籍法の違憲性を巡り戦い続ける弁護士が歩んできた半生〜
 俺が上記の文章を読んだ後、俺は絶望的な気持ちになった。なぜなら、近藤博徳は自己の意見を提示できず、かつ彼は自己の意見の善悪や正当性を一切主張できていない。以下では、俺は近藤博徳の問題点を提示する。大和民族の弁護士は「先生、先生」とおだてられて完全に勘違いしている。その結果、彼らは彼ら自身の意見を主張せずに、白人の意見の引用や欧州の実況でわがままを通そうとする。近藤博徳の発言はジャニーズやAKBのような非常にくだらないものであり、価値は存在しない。1章 近藤博徳の問題  近藤博徳の発言を見ると、彼の発言は典型的な日本人のそれであり、自己の意見の善悪や善悪の正当性を提示できない。加えて、彼は非常に非論理的である。彼は事情を説明したり、欧州の現状を引用すれば、彼は意見が通ると勘違いしているように見える。1節 近藤博徳のトンチンカンな発言 「この裁判では、『外国籍を取得しても日本国籍を喪失しないようにして欲しい』と主張しています。国籍法11条1項には、日本で生まれた日本人なのに、外国籍を取得すると日本国籍を奪われてしまうというアイデンティティの問題が...
タイトルとURLをコピーしました